三朝四朝又朝朝

思ったことなどを徒然に・・・・・・
<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
大河ドラマ 平清盛 第9回 感想

サブタイトルは、「ふたりのはみだし者」ってことですが、ふたりって誰と誰だろう???
ひとりは、今回初登場の雅仁親王(後の後白河帝)として、あとひとり・・・義清?璋子?得子?鳥羽院?摂関家三人衆のうちの誰か?、それとも関東の義朝?・・・ある意味皆さん「はみ出し」ちゃっているから(笑)あとひとり、これだって指摘するのが難しいです。清盛?・・・うーむ、清盛さんはすっかり押さえる側になっちゃってたしなぁ・・・。大人になりましたよね、清盛さん(笑)

というわけで「はみだし者」候補が勢揃いした今回、そのパワーに清盛さんの影が薄くなった感じでした。
忠盛父さん、ほぼ隠居状態でちょっと寂しかったですね。ドラマの中での時の流れを感じましたね。

ということで、第9回の粗筋と感想です。

 (どこにでも、はみだし者はいるものである・・・by頼朝)

京の町の場末、博打場・・・。
その中を薄物を被り、現れたひとりの若者。

(だが、王家のはみだし者となると、はみだしようも並外れているものだ・・・by頼朝)

テーマ音楽

いやー見事な演奏ですね。これくらい弾けたら気持ちいいでしょうね。


清盛の館

飼われている鶏や亀たちも、いつもと違う雰囲気の館に戸惑っているかのよう・・・。

産声。

慌しく立ち上がった清盛は盛国に制止される(笑)
明子に呼ばれ、清盛はようやく赤子の元へ。

小汚い清盛、産着に包まれた赤子を抱き上げる。
「俺の子じゃ・・・血を分けた・・・俺の子じゃ・・・」

平氏の男として生きる決意をした清盛でしたが、やはり「血のつながり」というのは意識せずにはおれなかったはず。その中で産まれた男の子ですから感慨深かったでしょうね。
しかし、清盛、小汚いよ。髪くらいきちんと整えればいいのに。館の中でひとり浮いてるよ。町の輩が紛れ込んだみたいだけど、これが主だもんなぁ・・・。

知らせを受けた忠盛も嬉しそうであった。
「明子殿の体をいたわってやるようにな」と宗子も気遣う。
「心得てございます」と盛国。

場面が変わって、いきなり酒を飲み干す盛国の姿(笑)兎丸に絡んでるし(笑)
盛国・・・普段はやはり我慢してるんだろうなぁ〜。

宴会が盛り上がっている清盛の館へ家盛も祝いに参上。
兄弟で杯を交わす清盛と家盛。

「しかし、兄上が父となろうとは・・・あの、きかぬ気だった兄上が」
「うむ・・・散々迷惑をかけたのう。母上にも、父上にも、お前にも・・・八つ当たりばかりして、兄らしい事を一つもしてやれなんだ」
「兄上。それ以上仰せなら怒りまするぞ」
「・・・」
「ああ、もう・・・分かりましてござりまする。兄上は未だに私を血を分けた弟と思うて下さらぬのですね」
「いや、悪かった。されど、俺もお前の事は大事な弟と思うておるのじゃ。それは嘘ではないぞ」
「もう遅うござりまする」
「参ったな。どう申せばよいのじゃ?」
困った清盛を見て笑い出す家盛。
「こやつ。俺をからこうたのだな?」

清盛さん、どうせ言うなら盛康の事も言ってくれれば良かったのに。散々迷惑掛けたでしょうに。ちょっと寂しかったですよ。
まあ、大人になった清盛っていうところでしょうか。しかし、いい加減、兎丸たちにもそこそこの装束を支給してあげればいいのにね。そういうところを描いてこそ、仲間を大事に思う清盛って印象も出せるだろうに。

で、家盛が冗談で拗ねたのかどうか・・・。前回の事を思い合わせれば、その真意はどうなのだろうか、ちょっと謎でもありましたね。

(平氏一門は概して兄弟仲がよかったといわれる・・・それに比して、ねじれているのは皇子たち、ご兄弟である・・・by頼朝)

源氏のお前が言うな!って突っ込み所ですよね(笑)
ここまで来ると頼朝は突っ込まれることを待ってるのかもしれませんね。

(・・・待賢門院璋子様のお産みになった皇子方のうち第一の皇子崇徳帝はご即位から15年を経ても尚、鳥羽院に疎まれ続け、中宮聖子様との間には未だお子がなかった・・・by頼朝)

子が出来ない事を苦にしてか、中宮聖子は「子も産めぬ女への御寵愛など、もったいのうござりまする・・・」と崇徳帝から距離を置いている感じ。

(王家に崇徳帝の御心のよりどころはなかった・・・そして・・・by頼朝)

雅仁親王

博打に興じる貴人。
高階通憲は、その貴人を探している模様。
ようやく貴人を見つけた通憲はその貴人を連れ出した。

(崇徳帝の弟君、雅仁親王は兄の苦悩を横目に極めて奔放に生きる皇子であった・・・by頼朝)

「むやみなお忍び歩きは、どうぞお控えなって下されませ」と雅仁親王に諫言をする通憲。

「事もあろうに博打など!所詮は損をするようにできておりまする」
「まるほど。そなたが申すと生々しい」
「・・・!?」
「そなたたち夫婦が私の乳父母となったは、一世一代の大博打であろう」
「なんとまあ・・・見事に見抜いておられる事よ」

と感嘆する通憲に妻の朝子は小言をいう。

「このところ得子様ばかりが院の御寵愛を受け、待賢門院の陰は薄くなるばかりじゃござりませぬか」
「分かっておる。分かっておる・・・」

♪〜舞へ舞へ蝸牛〜♪

通憲と朝子の諍いをよそに今様を歌う雅仁親王。

そんな姿を見た朝子は嘆く。
「かような奇行ばかりのお方が帝になどなれるものですか!」

雅仁親王、単なるお馬鹿ではないってことですよね。通憲の真意を見抜く洞察力をも持ち合わせている人物ということですね。通憲は僅かな可能性に賭けて、己の思う世の中、つまりは才能のある者が存分にその才能を発揮できる世を作りたいのでしょう。

双六と木登り

清盛の嫡男清太を見た祇園女御。
「これで安心してふるさとへ帰れる・・・」
「都をお出になるのですか?」と尋ねる清盛。
「今・・・あちこちで芽吹きだしておる。法皇様が撒き散らした災いの種が・・・」

あっ、いや・・・祇園女御様・・・清盛もその種の一つなんですけど(笑)
清盛にそんな事を言っちゃぁダメでしょうにね。

久しぶりに清盛と双六をする祇園女御。

「清盛。双六は面白き遊びよの・・・賽の目の出方一つで駒の動きを変わる。後れを取っていた者でもよき目を出せば、勝ち上がる事ができるのじゃから・・・」
清盛も納得したように笑みを浮かべた。

うーむ、この言葉、今まで無頼だった清盛に対する言葉なのでしょうが、清盛は後れを取ってませんし(笑)従四位下ですしね(笑)後れを取っていると言えば、その身分とは不釣合いな小汚い格好とか精神的なものと解釈しておきましょう。

で、実際に後れを取っている者が関東にいます。

「遅いぞ!正清」
「なんの!負けませぬ!」

義朝と正清主従、狩りや命を懸けた戦闘というサバイバル生活に飽きたのか木登り競走をしている様子。

「やれやれ、木登りではお前に敵わぬな・・・わしに木登りを教えてくれたはお前だ、正清。足の掛け方、次に掴む枝の選び方、それを間違えなければ落ちる事なく誰よりも先にてっぺんに登れる・・・」

誰よりも先にって、正清に負けてるし・・・(笑)
それに未だ関東にくすぶっているのは、足の掛け方や枝の選び方をどこか間違っているということでしょうかね。否、足を掛ける枝すら無かったという方が正しいでしょう。義朝こそ祇園女御の言葉が相応しいと思いますが・・・(笑)で、義朝の言葉は清盛に相応しいと思います。

「・・・いま少し俺につきおうてはくれぬか?正清」
「落ちる時はもろともにござります!」
笑いあう二人。

祇園女御の「双六に喩えた話」と義朝の「木登りの話」ちょっとしっくりこなかったですよ。

清盛こそ、平氏一門の者たちが枝となり支えられてきたわけで、逆に義朝は掴む枝もなく足がかりもなかったわけで、だからこそ関東へ下ってサバイバル生活を送ってるわけでしょうにね。義朝こそ双六のような人生だと思うのですが・・・。

祇園女御の言葉を補うとすれば
「順当に進んでいたとしても目の出方で足元をすくわれることもある・・・要は出た目に対して、いかように受け止めるかじゃな。良き目が出たからといって驕らず、悪き目が出たからといって、あきらめることはない・・・」

こういう感じで続けてくれれば、清盛に対する言葉として納得できたと思います。

で、義朝主従の会話の後に、ある人物が訪れる。まるで誰かが賽を振ったかのように。その賽の目が義朝にとって吉となるか凶となるか・・・。


「怪しい者ではござりませぬ!私は相模の三浦義明と申す者。近頃、隣の荘園の者どもが我らの土地を荒らし、手を焼いております。義朝様のお力をお借りできますれば、これほど心強き事はござりませぬ」

正清が問う。

「その連中を退治した暁には?」
「三浦の一族挙げて、あなた様に従いまする!」

三浦義明の言葉に義朝は力強く答える。

「参ろう!」

それぞれの場面での台詞とは裏腹に、展開としては、義朝の方が双六人生みたいで、清盛は妻も迎え、館も構えて、嫡男も誕生し、着実に木登りしていると言えると思うのですが・・・。

鳥羽院御所

夜警をする清盛と義清は偶然に璋子と出くわす。
跪く二人。

「佐藤・・・義清か?いつか歌会で会うた」
「お見知りおき頂き、恐悦至極にござりまする」
「帝がそなたを気に入り、お離しにならぬと聞いておる。これからもよき歌を詠んで差し上げるがよい」
「おそれながら、帝が私を離されぬは、歌のためのみではないと、思いまする。待賢門院様、いかがお思いなのでござりまするか?内裏にて一人心細くお過ごしの帝の事を」
「・・・」

何も答えなかった璋子であった・・・。

佐藤義清の館

酒を酌み交わす義清と清盛。

「帝は鳥羽の院の子ではない?」
清盛の問いに答える義清。
「白河院と待賢門院様の間にできた子であるらしい・・・それゆえ鳥羽の院は帝を疎まれ、待賢門院様を遠ざけ、得子様を御寵愛なんだ」
「あの、もののけめ・・・死してなお、暴れ続けておるという訳じゃ・・・それでお前は何をしたいのじゃ?」
「お救いしたのだ。帝を。そのために待賢門院様に目を覚まして頂きたい・・・」
「まさかお前・・・待賢門院様にまで手を出すつもりではあるまいな?」
苦笑いする義清。
「私はそこまで怖いもの知らずではない」

おい、清盛、それだけかいっ!
崇徳帝も、自分と同じ白河院の子で、自分と同じように周りの者から疎まれている境遇と聞いて、それだけの感想しかないのかよ!今まで悩みぬいてきたんじゃなかったのかよ!他人事のように聞いて・・・何だかな・・・ですよ。

清盛の人格設定、ちょっとおかしくないかな・・・。

保延5年(1139年)5月。

待望の皇子を産んだ得子。

小汚い格好で鳥羽院に祝いの品を献上する清盛。
清盛は、得子が主催する祝いの会に出るように藤原家成から勧められる。

こういう時くらい髪を整え、きちんとした格好をすればいいのにね。

で、この目出度い宴がとんでもない事に・・・。

「このたび生まれた我が九の宮、躰仁(なりひと)である」と皇子を披露する鳥羽院。
(鳥羽院が着座するとき藤原摂関家三人衆のお辞儀の角度が面白かったです。奥から忠実・忠通・頼長と座っていたのですが、頼長は普通にお辞儀、忠通は頭を下げる程度、忠実は頭も下げなかった・・・(笑)こういうところは細かく演出してるのにね・・・)

佐藤義清に祝いの歌を所望する得子。
義清、崇徳帝の御歌を詠みあげる。
「瀬をはやみ 岩にせかかるる滝川の 割れても末に 逢はむとぞ想ふ」


「帝のお歌じゃと?何故、さようなものを、この場で?」と問う得子。
義清は答える。
崇徳帝も皇子の誕生を喜んでいる。しかし、兄として祝うことのできない自分の立場も分かっている。今は別れ別れになっていても、いつかは逢いたい・・・この場に相応しい御歌であると・・・。


固まる出席者(笑)

勇気あり過ぎ、義清(笑)いや、帝の事を言いながらも義清の事だから、璋子に向かって言っているのかもしれないよね。「いつかは、あなたと逢いたい」って(笑)

で、清盛も困惑してるし・・・。以前の清盛なら義清に続いて騒動を起こしても不思議ではないけど、ここでは沈黙。
大人になった清盛さんでしたね。


狂ったような笑い声とともに登場した雅仁親王(笑)
「我が兄君らしく恨み深いお歌と存じまして」と笑っている理由を答える雅仁。


雅仁は躰仁を抱きかかえ、その頬を抓って躰仁を泣かせる。
「雅仁、戯れが過ぎる」と鳥羽院。
「私の戯れなど、かわいいもの・・・」
「何と?」
「あなた方の戯れの果てに生まれたが、その躰仁にござりましょう」
雅仁の言葉に、思わず笑う藤原忠実。
「朕の何が戯れと申すか?」と鳥羽院。
「帝を叔父子と呼んで疎まれ、后の宮を遠ざけ、政に差し障りが出るほどに、お側女に入れ込まれる。そして、その院のお側女、得子様、躍起になって皇子を産んだは国母になろうという野心にござりましょうか・・・はっはっはっはっは・・・国の頂での壮大なるお戯れ。さぞかし楽しゅうござりましょう。はっはっはっはっはっ」
「私は国母の座など欲してはおらぬ・・・ただ、この福々しげな女に地獄を味あわせたいだけじゃ・・・」と璋子を睨む得子。
得子は続ける。
「・・・上皇様に入内しながら、先の院との密通を続け、子を成し、あろうことか、その子を帝の座に就け、上皇様を傷つけ・・・」
「よさぬか」と鳥羽院は止めようとするが止まらぬ得子。
「・・・その事に、何の罪も覚えておらぬ!」
「得子!」
「何もかも失わねば、この女は目を覚まさぬのじゃ!」
「もうよい!」と叫ぶ鳥羽院。

凍りつく一同。
「分からぬのじゃ・・・私には・・・人をいとしく思う気持ちというものが・・・私はただ・・・法皇様の仰せのままに・・・私をお育て下さった法皇様の仰せのままに・・・」と言いながら涙を流す璋子。
「うわっはっはっはっはっ・・・お聞きになりましたか?上皇様。これがあなた様の妻。そして、これが私の母上にてござりまする」
そう言い残し、笑い声をあげながら立ち去る雅仁親王。

「上皇様。おそれながら、帰らせて頂いてもよろしゅうござりまするか?いささか気分が悪うござりまする」と頼長。
「かように面白き宴は初めてにござりました。我ら藤原摂関家いつでもお力になりましょうぞ」と忠実。
去っていく摂関家三人衆。

皆が去った後、残った清盛。
「これが皇子様のお誕生を祝う宴か!」
「誰も彼も生まれてきた子を己の欲得のための道具としか思わぬ。人の痛みも分からぬ。かような者たちによって、この国は治められておったのか」
「それがこの国の今じゃ」と通憲。
「通憲殿もか?」
「さよう。いずれ雅仁様が帝となられる目に賭け、乳父となり申した」
「通憲殿までもが、さような事を!」
「清盛殿、綺麗ごとだけで政はできぬぞ」
「だからと言うて!」
「雅仁様こそが王家に渦巻く積年の鬱屈より流れでた膿・・・全ての歪みを抱え込んだ毒の巣じゃ」
「毒の巣?」
「国に物申すなら、あのお方を知らねばならぬ」

そこへ通憲の妻の朝子が駆けつける。
「また雅仁様がお姿を消されてしまいましたよ」
「何、すぐに探しに参らねば」
「されど院へのお詫びも急がなくては・・・」
通憲と朝子の遣り取りをよそに、何を思いつめる清盛。

その夜。

「今もいとしく思うておいでなのですね。待賢門院様を・・・何故でござりまするか?さんざんに、あなた様を傷つけた女ではありませぬか!」と鳥羽院を問い詰める得子。
「何故かは分からぬ・・・されど、いとしく思うほどに、璋子を傷付けとうなる・・・そして・・・傷つけるほどに・・・璋子をいとしく思うのだ・・・」
鳥羽院の言葉に涙を流す得子であった。

一方、庭に彷徨い出た璋子の前に姿を現す佐藤義清。
義清は璋子に言いながら近づいていく。

「あなた様が知らず知らず人を傷つけてしまうは・・・あなた様御自身が傷ついておいでになっているからです。されど、きっと眠っておりまする。あなた様の心の奥底に。人をいとしく思うお気持ちが・・・その空っぽの瞳の奥に誰も見た事のない美しきものが宿ってるのが私には分かる」

璋子の元で跪き、その手を取る義清。

「何をする。控えよ!」

「待賢門院様。これがいとしいと思う気持ちにござります」
と璋子の手を自分の両手で包み込む義清。

立ち上がった義清。
「お救いしとうござりまする」
璋子を抱き寄せる義清。
義清の胸に顔を埋める璋子であった・・・。

・・・というお誕生会とその後の顛末でした。

いやあ・・・お誕生会の惨事と言いましょうか・・・(笑)
うーむ、どうなんでしょうね、これは・・・。

ドラマ的には、こういう一堂に会する場面って分かりやすいのでしょう。
でも、くどいんですよね。今まで散々描いてきたことをここで再びする必要があったのでしょうか?
璋子をめぐる周囲の人物の想いなど描きつくしてるはずですよ。なのに、この時代とは思えぬ面と向かっての罵詈雑言合戦を繰り広げるとは・・・とほほ、ですよね。

結局、現代的なホームドラマの場面をここにもってきただけのような気がします。一家団欒の場に、はみだし者の家族が一人帰ってきて場の雰囲気を壊すって感じでした。
それに、雅仁親王が何故ああいう言動をするのかってところがよく分かりません。なんせ今回初登場ですからね。
ですから、何だか違和感があった宴となってしまいました。

背の高い松田君が童形でもっともらしいことを言い放ち、それに触発されたのか、あの場で璋子を「この女」と呼び暴言を吐く得子って・・・。どうせこの宴のシーンを描くなら、いきなり松田君を起用せずに子役を使ってワンクッションを置いた方が良かったかもしれません。元服前の童形の親王さんですからね。やはり子役が無邪気に「何故?」と問いかける方が説得力があったかも・・・。
崇徳帝の歌を披露した義清に「それはどういう意味か?」と問う子役の親王。
鳥羽院や得子に「何故、崇徳帝がこの席におられぬのか?」と問う子役の親王。
そういう感じで、子供の無邪気な問いかけって時には大人を追い詰めることもあるでしょうからね。そして、次の場面、清盛が雅仁親王を探す場面で子役から松田君に代わったら、時間の流れも明確になったのではと思えます。

で、皆が去った後での清盛の言葉・・・何だか負け犬の遠吠えみたいでしたよ。義清の振る舞いの後ではね・・・。

佐藤義清は、何だか催眠術でも使っているかのような口説き方でした(笑)

ふたりのはみだし者

雅仁親王を捜す清盛は、見るも無残な衣の親王が座り込んでいるの発見。

「通憲の申したとおりじゃ・・・博打など損をするように出来ておる・・・」

清盛は親王を自分の館へ連れていった。

着替えを済ませた親王。

清盛の館にこんな小奇麗な装束があったのか(笑)

平伏する清盛。
親王は、物珍しげに部屋の中を歩き回る。
そんな親王に清盛は「度を越した戯れの訳」を尋ねた。

「平清盛、そなたであろう。武士に引き取られた白河院の落し胤というは・・・人は生まれてくることが既に博打じゃ。負けて損をするが、大方の成り行きじゃ」
「さような事はござりませぬ。生まれは変えられずとも生きる道は変えられる。私は武士となって良かったと思うておりまする」

清盛の言葉に、床に仰向けになって笑う親王。

「途方もない負け惜しみじゃ」
「その笑い声・・・私には赤子の声にしか聞こえませぬ。自分がここにおると。腹をすかせておると。母を求め、わめき散らす赤子の泣き声に」

立ち上がった親王は部屋の隅から双六の盤を持ってくる。

「清盛。双六をするぞ」
「はっ?」
「負けた者は、勝った者の願いを一つ必ず聞き届けるのじゃ」

賽を振り、駒を進め、清盛を促す親王。
渋々ながら賽を振る清盛。

このドラマ、困った時の博打ですか(笑)
清盛も海賊船の中で兎丸に持ちかけましたよね(笑)
どうしてこういう展開になったのか???
何がしたいのか分からないよ、親王様。
で、清盛も受けているし(笑)

そこへ清太が乱入。
清太、小走りで「父上〜」と言いながらやってくる(笑)
何年経ってるんだよ!

向こうへ行けと言う清盛に、かまわぬと言う親王。

続けられる双六。

「決めたぞ。わしが勝ったらこの子供をもらおう」
「はっ?お戯れを」
「戯れではない」
「さような事は聞けませぬ」
「わしが勝ったらの話しじゃ。そなたが負けなければよい」

清盛を促す親王。
賽をふる清盛。

おい、清盛っ、やるのかよ(笑)
ダメだろう、それは。
双六と人生は似ているようで違う。双六は賽の目に従い進むが人は進む道を自分で決められる!とか何とか反論しなきゃ・・・。

清盛、劣勢。
次にあわせて10以上の目が出なければ清盛の負けとなる。

「お許し下さりませ!こればかりは何とぞ!」

一番やったらいけない事でしょうに、清盛。
情けないよ・・・。

「ならぬ」
「何卒!」
「賽をふるのじゃ」

筒を取り賽をふったのは清太であった。
出た目は10。

「あははははっ・・・十じゃ、十が出たぞ」

嬉しそうに駒を進める清盛。

「邪魔をしおって・・・」

駒を払いのける親王。

「せっかく楽しんでおったものを。幼子であっても許さぬ!」

盤を振り上げる親王。

「おやめ下さりませ。清太を傷つける事だけはおやめ下さりませ!勝った者の願いはきっと聞き届けるとの約束です!この先、清太を・・・清太に害をなそうとされる事あらば、雅仁様のお命頂戴つかまつる」

小刀を抜き、親王に突きつける清盛。
盤を遠くへ放り投げた親王。

「脆いものぞ、親子の絆など」
「平氏は王家とは違いまする」
「だが、そなたにも流れておろう。王家の血が。白河院の血が」

小刀を持つ清盛の手を握る親王。

「きっと、いずれ疼こうぞ。現に生けるもののけの血が」

(♪〜遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん〜)

笑いながら去っていく親王。

(第四の皇子、雅仁親王・・・後の後白河帝と清盛の、長い長い双六遊びの、始まりであった・・・by頼朝)

・・・という次第でした第9回。

雅仁親王と清盛という「ふたりのはみだし者」が今回のテーマのようですが、裏に一貫して流れていたのは「もののけの血」でしたね。

「もののけの血」が流れている清盛に嫡男清太誕生。
「もののけの血」が流れている崇徳帝の孤独。
「もののけの血」が流れている鳥羽院の苦悩。
「もののけの血」が流れている雅仁親王の狂乱。
「もののけの血」に育てられ、鳥羽院から「現に生きるもののけ」と言われた璋子。

後は、これらの人々をめぐって起こる対立や愛憎などでした。
ですからサブタイトルは「もののけの血」とでもした方が良かったかもしれません。

雅仁親王の「もののけ」ぶりは、結局、清盛の繰り返しなんですよね。ですから「またか・・・」って気分になりました。双六でいうなら「振り出しに戻る」って感じです。主人公の清盛をはじめ、鳥羽院や璋子、崇徳帝の苦悩は丁寧に描かれていた分、お腹一杯です。「たまにはお茶漬けが食べたい」って気分に通じるものがあるような気がします。そういう意味でも雅仁親王は子役を使った方が新鮮さがでたかもしれません。

しかし、清盛の変貌ぶりは極端でしたね。無頼の高平太の名が泣きますよ。結局、このドラマの清盛は自分で解決と言うか後始末をしていないんですよね。今回の双六も躊躇してしまい、子供の清太が結果を出して、その結果に乗って喜んで駒を進めるなんて、そりゃ親王さんも怒りますよ。

で、「勝った者の願いはきっと聞き届けるとの約束です」なんて持ち出してきて・・・これは一番言って欲しくない台詞でした。親王の「もののけ」に対して「道理」で対抗するなんてね。この台詞で清盛の人格が小さくなったような気がしますよ。それに、別に清盛が勝ったわけではないだろうに。大人になるっていうことと、卑屈になるってことは違うと思いますよね。

どうせ親王に刀を突きつけるなら、負けて清太を連れて行こうとする親王に突きつければよかったのに。
「人と双六の駒は違いましょう。駒は何も申せませぬが人はちがう。嫌なら嫌と叫びまする!人には熱き血が流れておりますゆえ!」くらいの事は言い放って欲しかったです。それでこそ無頼の高平太でしょうに。それでこそ「ふたりのはみだし者」でしょう。無理難題には無理難題で対抗すれば良かった。ただ単に親子の情とか道理とかを訴えては普通ですものね。「親子の情」に「狂気」加えてこそ「もののけ(はみだし者)」でしょう。

で、親王が「しかし、そなたの血は人とは違う。もののけの血よ」って言ってドラマの台詞を続けると「はみだし者」対決って感じで見応えもあったかなって思いました。

あるいは、刀を抜いた清盛が「私は清太のためなら、この命を賭けまする。親王様にはそのような者はおりましょうや?」と親王の痛いところを突いて、親王が沈黙。で、清盛が「おられぬなら、私がなりましょうぞ!同じ血が流れている者として!」とか言って「もののけの血」を強調するとかも有りだったかもしれませんね。

清盛以外の登場人物の「はみだし」っぷりが派手だったので、肝心の清盛のダメダメぶりが強調されたような回でした。成長して分別もついてきたけど、芯には無頼の高平太が牙を研いでいるって感じで描いてもらいたかったですね。それが無頼の高平太が成長して大人になるってことだと思います。今回の清盛では、ごく普通の良き家庭人にしか見えませんでしたよ。親王が言ったように清盛の中の「もののけの血」が疼いてほしいものです。

うーむ、保元の乱のまでの我慢のしどころ・・・でしょうか。
コメント
from: maldron   2012/03/09 9:46 AM
アップお疲れ様です。清盛のキャラ設定は相変わらず謎なので、もっぱら宮中の人間模様を楽しみに見ています。ただ、おっしゃるように今週はちょっとやりすぎましたね。あれでは単なる口喧嘩です。上流階級の人間なら言葉は丁寧に、でも内容は嫌みたっぷりみたいなセリフのやり取りにした方が良かったと思います。松田翔太君ですが、今回の演技を見る限りは頼朝に「大天狗」と呼ばれた後白河法皇の曲者ぶりが出せるのかやや不安になりました。最後の双六は私も意味がよくわからなかったですね。清盛と後白河の今後の腐れ縁を暗示したかったんでしょうけど、もうちょっと他に描きようがあったのでは?などなど細かいツッコミどころはいっぱいありますが、全体的には「江」よりも遙かに楽しんで見ております。
from: 淡月   2012/03/09 8:37 PM
maldronさん、今晩は!

このドラマの描きたい清盛像は、自分の出生の経緯から自分の立ち位置が不安定となり、そのため無頼の日々を送ったが、様々な人との出会いなどで成長し、院政や摂関政治などの壁を崩していく、って感じだと思うのです。ガイドブックや関連書籍や公式サイトなどを見ていませんので違っているかもしれませんが・・・。

その流れの中で重要な要素と思われるのが白河院の「もののけの血」でしょう。その血が、祇園女御が言ってたように「災いの種」となって騒乱を引き起こしていくのですからね。「もののけの血」が引き起こした騒乱を「もののけの血」が流れている清盛が収拾していくわけで、そういう意味でも今回の雅仁親王との場面は残念だったと個人的には思えてなりません。あの場面では、単に刃物で雅仁親王を脅し、同時に、その慈悲にすがっている感じがしてなりませんでした。館を出た雅仁親王は振り返るのですが、あの時、雅仁親王を振り返らせる程の印象を清盛が与えたとは思えなかったです。「ふたりのはみだし者」というタイトルのような迫力ある場面とは言えなかったですね。

髪を整え、きちんとした装束を身に纏い、立ち振る舞いも凛としているけど、ここぞと言う時は「もののけの血」が騒ぎ出すっていう清盛像を期待していたので、ちょっとガッカリしました(笑)

ある意味このドラマを支えていた鳥羽院を巡る人間模様も、この回はやり過ぎた感がありましたよね。でも、今までの人間関係の総まとめとしては分かりやすかったですが・・・。

松田翔太君・・・それこそ松田優作の血が疼いてほしいものです。
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://goro.fumufumu.biz/trackback/401978
 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.