三朝四朝又朝朝

思ったことなどを徒然に・・・・・・
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三日目の朝も四日目の朝も、叉、その次の朝も・・・
今年のNHK大河ドラマは「平清盛」ということで、久々に平安時代を時代背景とするものですね。
この平安時代、政治史的には武士という戦闘を職能とする集団が発生し、文化史的には唐風に対して国風という日本独自の文化が花開いた時代ですよね。したがって、ドラマでも平氏や源氏という武士集団を軸に話しが進んでいくのですが、その彩りとして和歌や今様などが取り上げられています。

 このドラマのオープニングで取り上げられているのは、「梁塵秘抄」の♪〜遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ〜♪で、これがこのドラマのテーマともなっているようですね。主人公の清盛が「面白うもない世を面白う生きてやる」と口にするのも、この今様を元にしたものでしょう。

第4回では、待賢門院堀河の和歌が使われました。百人一首の「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ」です。ドラマでは堀河局の歌に対して佐藤義清が添削するという設定でしたが、この佐藤義清は後に出家して西行法師となる人物ですよね。

これらの国風に対して、第6回では高階通憲が唐の詩人李白の詩を吟じていました。

「面白うもない世」とか「西行」とか「詩」という言葉をキーワードにすれば、連想される人物がいます。

幕末の志士高杉晋作ですよね。

高杉は、その短い生涯の中で詩を四百篇前後作っています。辞世の句は有名な「おもしろきこともなき世をおもしろく」ですね。
高杉は、その過激な行動を恐れた藩主の毛利候から暇を出されたとき、頭を丸め東行と称します。その時「西へ行く人を慕いて東行く我心をば神や知るらん」と詠んでいますが、「西へ行く人」とは西行法師のことで、高杉は西行を慕っていたようです。

という訳で、この「平清盛」を見ていると高杉晋作の事を連想してしまうのですが、高杉の数多くの詩の中で最も好きなのが、彼の最後の漢詩です。

高杉は肺結核を患っており、晩年は床に臥せっていました。その病床で詠んだとされる詩です。

題は「数日来鶯鳴檐前不去 賦此贈鶯(数日来、鶯、檐前(たんぜん)に鳴きて去らず 此を賦して鶯に贈る)」です。

病床の高杉が軒先のウグイスの鳴き声で、朝、目を覚ます、そういう光景が浮かんできます。

一朝檐角破残夢
二朝窓前亦弄吟
三朝四朝又朝々
日々来慰吾病痛
君於方非有旧親
又無寸恩及君身
君何於我如此厚
吾素人間不容人
故人責吾以詭智
同族目我以放恣
同族故人尚不入
而君容吾果何意
君勿去老梅之枝
君可憩荒溪之(さんずい に 眉)
寒香淡月我欲所
為君執鞭了生涯

一朝檐角(たんかく)残夢を破る
二朝窓前(そうぜん)に亦弄吟(ろうぎん)す
三朝四朝又朝々
日々来たって吾病通を慰む

ある朝、軒下のウグイスの声で夢から覚めた。
次の朝は、窓辺で鳴いていた。
三日目の朝も四日目の朝も、叉、その次の朝も・・・。
日々来ては、病の私を慰めてくれる。

君は吾に於いて旧親あるに非ず
又寸恩君に及ぶなし
君何ぞ我に於いて此の如く厚き

君は私とは古くからの知り合いでもない。
恩があるわけでもない。
なぜ君は私をこのように厚く慰めてくれるか。

吾素より人間に容れられず
故人吾を責むるに詭智(きち)を以てす
同族我を目するに放恣(ほうし)を以てす
同族故人尚入れず

私は元々人々に受け入れられなかった。
友人は私を詭智のある奴だと責め、
親族は私を放蕩者だとみなして、
友人も親族も私を受け入れなかった。

而して君吾を容る果たして何の意ぞ
君去る勿(なか)れ老梅の枝
君憩うべし荒溪の(みぎわ)
寒香淡月は我が欲する所
君が為に鞭を執って生涯を了(おわ)らん

しかし、何故だ?君が私を受け入れてくれるのは。
この老梅の枝から去らないでくれ。
疲れたら、この荒溪のほとりで憩えばいい。
老梅の香も荒溪から見える月もいいものだ。
君の為にこの病身に鞭を執り、我が生涯を終えよう

私がこの詩を初めて目にしたのは中学生の時で、感動しました。司馬遼太郎の「花神」だったと思います。確か、文庫版の下巻に載っていたような記憶があります。

高杉晋作と言えば、英雄肌で破天荒な人生でしたが、それは彼の望んだものだったのでしょうか。西行のように自由に各地を放浪し、詩を詠んだりしたかったかもしれませんね。病で身動きが出来なくなった時、思うままに飛び回り吟じるウグイスの姿に己の夢を託したのかもしれません。

このブログのタイトルとハンドルネームは、この詩から拝借しています。
コメント
from: ミミエデン   2012/02/19 3:43 PM
こんにちは。
淡月さんのブログいつも、楽しみにしています。

どこやらの知事さんのような表面的な感想ではなくて、歴史上の人物に対する深い愛情、歴史の流れに対する深い造詣がないと書けない文章だと常々感心していました。
そして少しおちゃめなところも楽しいんです。

今回、高杉晋作の詩を披露していただいて、深い感慨を覚えました。
晋作と西行との関係について初めて知りました。
中学生の時から、このような関心をいだいておられればこそのブログタイトル、ハンドルネームに感心した次第です。


平清盛、賛否両論ですが私はこれからの清盛ののびしろを待ちたいと思います。去年の主人公のように最初から持ち上げられていないので、きっと成長してくれると信じたいと思っています。

これからも鋭い切り口で大河を語ってくださること、楽しみにしています。
from: 淡月   2012/02/19 7:36 PM
ミミエデンさん、今晩は!

「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」の言葉のように、お江さんが去って清盛さんがやって来たわけですが、今年の清盛さん、どのような物語を語ってくれるのでしょうね。楽しみです。

昨年のお江さんは幼少の大活躍から尻すぼみになっていきましたが、清盛さんは活躍らしい活躍をまだしていませんよね。逆に、霧の中をまだ彷徨っている状態ですし(笑)そういう意味で「のびしろを待ちたい」というお言葉は、視聴者の気持ちを代弁するものですね。忠盛父さんを超える成長を期待しています。

高杉晋作の最後の詩ですが、弱っていたであろう体なのに、よくもこんなのが作れたなって思います。
冒頭からの四句のリズム感とか心地良いくらいです。
そして、最後の句ですが、おそらく筆を持つのも辛いくらいだったのでしょう。最後の力を振り絞って、病床を慰めてくれたウグイスのために書き終わるまでは頑張るよ、という気迫が伝わってきます。藩のため、国の為に働いてきた高杉が、その最後は小さなウグイスの為に残った力を振り絞るというところに、詩人高杉晋作の真骨頂が発揮されていると思えてなりません。感涙。

歴史に関して深い知識もありませんし、ましてや「大河を語る」など赤面の至りです。そんなに熱心な視聴者ではないんですよね。ガイドブックを買うわけでもなく、ただ日曜の八時にテレビの前に座って、時には寝転がって見てるだけなのですから。一年を通して見たのは、お江さんが久しぶりという不真面目な視聴者なのです。

ただ、見終わった後、こうして自分の思った事を表現できたり、他の方々の感想などに触れる事ができるのがネットの良いところですよね。今後ともお互いに楽しんでいきましょう!
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