三朝四朝又朝朝

思ったことなどを徒然に・・・・・・
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大河ドラマ 平清盛 第3回 感想
 
平忠盛がいい。

大枠の設定などで、どうかなってところもありますが、忠盛がいい。
ドラマの中でも出てきましたけど、「軸」ですよね。軸がしっかりしているとブレないし、ブレても持ち直すわけで、このドラマの場合「忠盛」という軸がしっかりしているので、少々流れが破綻しても崩れないって感じがします。

前回の感想で、白河法皇の中に棲みついた「物の怪」は、鳥羽上皇と清盛という二人の新たな「物の怪」を産み出した、というような事を書きましたが、甘かった・・・。白河法皇は、もう一人、とんでもない「物の怪」を産み出していたのですね・・・。

というわけで、第3回の感想です。


1185年 鎌倉

(1回目・2回目と、鎌倉の頼朝の回想から入りましたから、この3回目もそうなんだろうと思いきや・・・)

「勝ったーっ!」
歓声の声が響く中、祭壇に太刀を奉納する頼朝。

それを待っていたかのように平家の事を、そして棟梁であった清盛の事を悪し様に罵り始める一同。
振り返った頼朝は一喝する。

「やめーいっ!」

静まる一同。

「平清盛無くして、武士の世は来なかった・・・」

(皆を驚かせてしまったが、真ゆえ仕方がない。平清盛は、誰よりも逞しく乱世を生き抜いた真の武士だったのだから・・・)

テーマ音楽


ええっ・・・これって第1回目の冒頭のダイジェスト版ですよね。
これは意味あるのだろうか?無意味だろうに。

1回目・2回目の流れから、このドラマは二つの時間軸で話を進めていくものと思っていたのですが・・・。
つまり、「現在の鎌倉における頼朝」という時間軸と「その頼朝が回想する過去としての清盛」という時間軸。もちろん、ドラマ本編は頼朝が回想する過去の清盛の方。で、最終回あたりで、この二つの時間軸が合流する・・・って私なりに勝手に想像してたんですが、うーむ、そうではなかったのかな・・・。

この3回目の冒頭のような使い方をしてると、頼朝がナレーションをする意義すら薄らぐと思うのだけれど。
やっぱり、現在の鎌倉で平家滅亡を聞き、回想に入ってドラマが始まったわけですからね。で、各回ごとに次第に明らかになっていく平家の滅亡の状況。それに伴う回想。そういう感じで積み重ねていって、やがて一つの流れになる。

そのキーパーソンとしては、上川隆也演じる鱸丸(すずきまる)が第一候補。鱸丸は後に平盛国と名乗り、清盛の重臣として平家の栄枯盛衰を見届ける人物ですからね。彼は清盛の死を看取り、壇ノ浦で平家の滅亡を見届け、捕縛された後に鎌倉の頼朝の元へ送られるわけですが、頼朝は彼を助命するという因縁があるんですよね。で、盛国は平家に殉じ、飲食を断って餓死という最期を迎えるのですが、頼朝はそういう最期を迎えた盛国に対して称賛を惜しまなかった逸話があります。こういう劇的な生涯を送った盛国ですから、若き頼朝にも面識があっただろうし、頼朝の助命の時に清盛に諫言したという設定でも変ではないでしょうしね。盛国がナレーションをしてもいいくらいですが、いかんせんメジャーじゃないですから・・・。その因縁の相手としての頼朝にナレーションを担当させたのは、ここらへんに狙いがあったのかなって考えてましたよ。最終回は、この二人が語り合うとかも有りかなとか思ってました。

例えば、最終回の一つの形として、・・・あれ!?なんで最終回の妄想を始めてるんだよ!まだ3回目なのにね(笑)
ついつい流れで、最終回を想像してしまいました(汗)

さて、本編ですが・・・。

1132年 京

清盛の義弟の平次の元服の儀。
「本日より名を『家盛』と改めよ」と忠盛が告げる。
「その御名に恥じぬよう励むのですよ」と母の宗子も嬉しそうである。
「されど、兄上にも見ていただきとうござりました」と清盛を心配する心優しき家盛。
「約束通り、月に一度は息災を知らせる文をよこしておいでですが・・・」と申し訳なさそうに清盛からの文を広げる守役の平盛康。

文と言っても、ただ「息災也」と書かれているだけ(笑)
その清盛は海賊退治に明け暮れている模様。
その褒美として得た米を庶民に配っているあたり、「野良犬」としての矜持を保っているようです。
とりあえず、自分の思うたまま、面白う、生きているようですね。

清盛が海賊退治に勤しんでいる間、弟の家盛は舞や武芸の稽古に勤しみ、平家の御曹司としての素養をしっかりと見につけている様子。
そこへ、平家家臣の伊藤忠清が飛び込んでくる。
「殿ーっ、我が手の者が西海で賊を捕らえて参り、これより検非違使に引き渡すのでござりまするが・・・」
忠清の案内で検非違使庁へやってきた平家一門の面々が目にしたのは、捕らえられた海賊たちの中に混じった清盛の姿。

「賊に身を落としているとは・・・」と嘆く守役の盛康は、忠盛に土下座して謝った。
「やめぬか、盛康!俺は賊などではない!」と怒鳴る清盛。
「賊と間違えられても無理はござりませぬな・・・」と家貞。
「兄上、災難でござりましたが、お達者そうでなによりです」と久しぶりに清盛に会え、嬉しそうな弟の家盛。
「おう、平次ではないか」と家盛を見た清盛は、家盛の姿を見て気付く。
「あっ、元服したのか?」
「はい、今は家盛と名乗っております」
「ほう、家盛。それはめでたいな。ははははっ」
「『それはめでたいな。ははははっ』ではない!」と叔父の忠正が一喝する。
「それで、どこで何をしておった?」と聞く忠盛。

清盛と同じく捕らえられていた鱸丸が説明をした。
「畏れながら申し上げます。清盛様は西海において船の警護役をしておいででした」
「その褒美に積荷の米を頂戴しておったのです」と清盛は自慢げに続けた。
「清盛様は、その頂戴した米を貧しい民たちに分け与えていたのでございまする」と鱸丸が補足する。
「民の作った米が民の口に入らぬは理屈に合わぬゆえ」と縄を解かれた清盛は、自分を捕らえた伊藤の郎党を殴り倒し「分かったら早よう国松と時松と蝉松の縄も解け!」と命じる。
「国松、時松、蝉松?」
「俺の郎党たちだ。早よう西海に戻らねば」
「ならぬ!」と忠盛。
「えっ!?」
「京におれ」
「何故にござりますか?戻らねば海賊たちがのさばり民たちが飢えまする」
「清盛!この輩がどうなってもよいと申すか?」

うーむ、ここは苦しい展開。

あの汚い格好の清盛たちですから、海賊に間違われて捕らえられるのは仕方がないにしても、その後、清盛と分かれば直ちに解き放つでしょうに。清盛を捕らえたのは検非違使の役人ではなく、伊藤忠清の郎党とのことですからね。郎党から「清盛」と名乗る賊がいるとの報告を受けたら、まずは、伊藤忠清が自ら確認して解き放ち、その後に忠盛に報告すると思いますが・・・。
大体、「無頼の高平太」という異名まであった清盛ですから、伊藤忠清の郎党たちも清盛の存在を知ってるのが普通だろうに。伊藤忠清は清盛が元服するときに、清盛を押さえつける役目で呼ばれた男ですしね。

で、忠盛が国松、時松、蝉松らを解き放たなかったのも分かりにくい。鱸丸はOKで、この三人は駄目なのか・・・。まぁ、鱸丸は正規の平家の郎党で、国松・時松・蝉松はあくまでも清盛の私兵って事なんでしょうかね。だから、この三人は、一応、検非違使の正式な取調べを受けなければならないとか・・・。うーむ、ちょっと意味不明でした。まぁ、後の清盛の台詞から、清盛を京へ留め置くため、という意味合いがあった感じもしました。

それに、鱸丸、品が有り過ぎ(笑)鱸丸の言動は漁師とは思えませんよね。彼こそが平家の御曹司と言っても通りそうですよ。体の軸がしっかりしているからでしょうか?(笑)

というわけで、京に残ることとなった清盛。当然、おもしろくありません。文句を言いながら、京の外れをふらついています。しかし、清盛、汚いよ(笑)道行く庶民の方が小奇麗な格好だもんね。

そこに現れた馬上の武士。
「八幡太郎義家の曾孫にして、源為義が嫡男、義朝と申す者」というのは世を忍ぶ仮の姿で、実は、忍者(嘘)

この源家の御曹司は、いきなり「競べ馬で勝負せよ」と清盛にせまる。
「源為義が嫡男、義朝!?知らぬ!」と無視する清盛(笑)
義朝が清盛をライバル視する動機も若干弱いよ。義朝、おかしいだろう。3年前、岩清水八幡宮で清盛が舞っていた姿を塀の上で忍者のように見ていただけなのに(笑)ここは単に出会い名乗るだけでよかったんではないかな。この後、北面の武士の採用を巡っての話しがあるんだけど、義朝が勝負を挑むのは、あの後でよかったと思いますね。その方が義朝が清盛をライバル視する動機付けとして説得力があると思いますよ。

一方、白河院亡き後の朝廷・・・

鳥羽院が治天の君としての権力の絶頂へ。
蟄居していた藤原忠実も復帰。
そういった権力の交代が進んでいた朝廷に食い込もうと源為義は嫡男の義朝を北面の武士にと願い出る。

うーむ、為義さん。相手を考えないとね。藤原家保は平忠盛の妻宗子の叔父さんだし、息子の家成は清盛の烏帽子親だろうに。
この二人に願い出ても望み薄だよね。ここらへんが為義さんの駄目なところであるし、憎めないところですよね(笑)

その帰りに忠盛と出会った為義。
忠盛が院のお召しにより参上したことを聞いて、心中穏やかならざる為義であったが「今は鳥羽の院の世。白河院と睦まじくしておったことが、忠盛の、ひいては平氏の仇となろう」と自分に言い聞かせるのであった。

忠盛を謁見する鳥羽院。
鳥羽院は、忠盛の忠勤を評価する一方、白河院と忠盛の関係から、忠盛のことを「心より信ずることができる」と言う。

「あの物の怪、白河院に仕えておったものが、果たして朕に心より仕えられるものか・・・?」
「私の上皇様への忠義には嘘偽りはござりませぬ」と忠盛は答える。
「では、そちの子、清盛はどうじゃ?白河院の落とし胤との噂があるが、清盛は朕に忠義を尽くす気があるのか?」
「無論にござりまする」
「その証しを見せよ」
「証し・・・?」

困惑する忠盛。
それを見た藤原家成は助け舟を出す。

「清盛を、院北面に任ぜられてはいかがでしょう。北面の武士は上皇様を警護し奉り、院の御所をお守りするのが役目。その気があるか否かで、清盛が忠義のほども量れようというものです」

家成を見ていた鳥羽院は忠盛に目を移す・・・。

鳥羽院もいいですね。表情や目の動きなど、見せてくれます。

ただ、鳥羽院に白河院のことを「物の怪」と言わせるのはどうかなって思いましたね。
「物の怪」って、そのものずばりを口にするより、「あの・・・」と、ここで一旦区切りを入れ、目を閉じるなり苦しげな表情を見せるなりしてから「・・・白河院に仕えておったものが・・・」というような表現にした方が鳥羽院の白河院に対する愛憎が表現できるのでは、と思ったりしました。

鳥羽院にとっては、自分の祖父である白河院に対して、愛し敬うべき存在であると同時に憎むべき存在でもあるはず。その対比が清盛と崇徳帝の対比ともつながるわけでしょうしね。このドラマの設定では、自分と同じ血を引く清盛と崇徳帝ですが、清盛に対しては興味から親しみへと変化するだろうし、崇徳帝は愛する璋子を奪われた結果生まれた子ですから憎しみしかないわけでしょうから。
逆を言えば、鳥羽院にとっては、忌み嫌うべき崇徳帝の存在が清盛に対する興味や親しみを覚えさせるとも言えるかなって思います。
それが清盛の異常な出世の一つの理由になるとかね。

それに「物の怪」という言葉は、穴に落ちた高階通憲が清盛に語った際の言葉で、その清盛から白河院へ、白河院から清盛へと返された言葉でもありました。鳥羽院が使うには相応しくない言葉だと思います。鳥羽院は心の中で白河院に対する愛憎に苦しむ姿が相応しいでしょう。

当の清盛、相変わらず京に居るときは博打に励んでいる。
博打に勝った清盛は負けた博徒に「勘弁する代わりに、やってもらいたい事がある」と何事かの話を持ちかける。
そこへ鱸丸がやって来て、清盛を屋敷へ連れ戻す。

「北面の武士に!?院にお仕えせよということにござりまするか?」と清盛。
「さようじゃ」と忠盛。
「お断り申します!」断固拒否する清盛。
守役の盛康が謝ったり、重臣の家貞が諌めたりするが清盛の決意は固い。
「申したはずです!俺はこの面白うもない世を変えたい!変えるために強き野良犬として生きたいと!」
忠盛の元を立ち去る清盛。
それ以上は何も言わない忠盛。

苛立ちを押さえきれない清盛は屋敷内の庭先で剣を振り回す。
「母上・・・」
「清盛、よう戻りました。健やかそうで安心しましたよ」
「また、すぐに京を出ます」
「清盛、私は・・・母として、そなたと家盛に同じだけの事をしてやりたい。母のために京におってはくれぬか?」
「ありがとう存じます・・・」
「では?」
「母上の、お優しいお心遣い、私の分まで家盛に与えれやって頂ければ幸いにござりまする」
屋敷を出る清盛。

咲き誇る桜の木を見つめる宗子。
その表情はどこか悲しげであった。
この桜の木から幼い家盛が落ちて怪我を負ったことが全ての始まり・・・。

「母上」
「家盛」
「桜の枝が欲しいのですか?」
「いいえ」
「私がとってあげましょう」
「気をつけて」
大人になった家盛は軽々と枝を手折り、宗子に渡した。
「家盛、そなたも元服したとは申せ、この家の嫡男は清盛です。それを忘れてはなりませぬよ」
「無論にござります。母上。忘れたことなどござりませぬ」と笑顔で言う家盛。
「さようか。ならば、よいのじゃ」

宗子にすれば、あの時に戻ってやり直したいのでしょうね。
好青年の家盛。この母と子のやりとり、良い風景でした。

桜は、院の御所にも咲き乱れている。
警護に立つ北面の武士の肩に舞い落ちる桜の花びら。
それを手に取る一人の武士。
そこへ璋子が廊下を渡ってくる。
跪く武士。
璋子は桜に目をやるが、促され、立ち去る。
その姿を見送る武士。
「花は盛りに 咲き誇りけり・・・」
と呟いた武士は佐藤義清であった。

「何故、上皇様はかように帝につろう当たられまするか?」と鳥羽院に問う璋子。
「帝がいとしくはござりませぬか?」そう問い続ける璋子の側に控える侍女の堀河局。
顔を伏せる堀河局。
「いとしく思えと申すか?」と鳥羽院。
更に伏せる堀河局。
「我が胤ではない先の院の子である帝を我が子のように慈しめと申すか!」激昂する鳥羽院。
「それでも上皇様のおじい様の子ではござりませぬか」と平然と言う璋子は、無邪気に続ける。
「上皇様には大叔父様にあたられる子でござりますから、『叔父子』とでもお思いになればいかがです?」
立ち上がり璋子を睨みつける鳥羽院。

いやー、璋子様、凄すぎ。人外の化生、物の怪そのものでした。
「叔父子」という言葉を璋子自身に言わせるとは、これは衝撃でしたね。
鳥羽院の心中察して余りありますよ。
これで鳥羽院の中の「物の怪」も目覚めたって感じでしょうか。
また、侍女の堀河局。身の置き所がないって感じで辛そうでしたね。まぁ、常識的な人間なら、璋子の言葉には「あんたが言うか・・・」って衝撃を受けるでしょうからね。

心の静めるためか、水仙の見物に出かける鳥羽院。
その警護にあたる北面の武士たちの中には佐藤義清の姿。

鳥羽院に目通りが叶わなかった源為義と義朝は、鳥羽院が清盛を北面の武士にと望んでいることを知らされる。

その清盛は、博徒たちに依頼し、捕らえられている輩(ともがら)である国松・時松・蝉松を救い出す。

いや、これ、牢破りだろ!犯罪だろうに・・・。これでは海賊たちと変わらなくなってくるよ。
国松・時松・蝉松がまだ捕らえられているのも意味不明だが、博徒たちを使って牢破りをする清盛も意味不明だよ。
流れとしては、北面の武士の話が出る→急ぎ京を離れたい清盛→牢破り、だろうけど、それなら、何で牢から脱出した後も京の街中をうろついているんだよ!
「いくら何でも牢を破ったのはまずうござりましたな」と鱸丸に言わせてるし・・・。
「こうでもせねば、西海に戻れぬ」と清盛。
それなら一刻も早く戻れよ!

清盛だけは京に残って北面の武士になるべきと諫言する鱸丸。
「そんなに父上が好きなら、お前一人京に残れ」と取り付く島もない清盛。

そこへ義朝が「何故、北面の武士にならぬのだ」と絡んでくる。
「王家の犬になりたくないのだ!王家に媚び、出世し、位をもろうて喜びありがたがる。さようなつまらぬ武士にはなりとうないのだ!」と言い放つ清盛。
「なんだ、ただの甘やかされた平氏の御曹司か」と吐き捨てる義朝。
「どういうことだ!甘やかされておらぬ!俺は一人で生きておるのだ!」
「それが御曹司というのだ」
「何だと!」
義朝に、腕をとられ地面に叩きつけられた清盛。

その時、脱獄した三人が見つかった騒ぎが起こる。
逃げる三人。
追う検非違使の役人たち。
三人の前に院の行列。
警護の佐藤義清は苦もなく三人を手玉にとる。
飛び出そうとする清盛を必死で抑える鱸丸であった。

うーむ、何だかなぁ・・・。
この清盛像は、今までの清盛の人格設定に矛盾してるだろ。
清盛、主犯格じゃん。

三人が番人の隙をついて脱獄→鱸丸から知らせを受けた清盛は三人を庇うため京を脱出→検非違使に見つかり大乱闘

っていう流れでよかったのでは?

平家の屋敷

「賂をはずんで帰らせよ。絹でも砂金でも渡すがよい。とにかく清盛様との関わりは隠し通せ」
と後始末の指示を出す重臣の家貞。
忠盛に最大級のお詫びをする守役の盛康(笑)
自害しようとした盛康を止める家貞。
「馬鹿者!今は平氏に災いが及ばぬように皆で力を合わせる時だ!」
泣き伏せる盛康、哀れ過ぎだよ(笑)
そこへ清盛。
「盛康、すまぬ・・・」
鱸丸も庭先に控える。

「申し訳ござりませぬ!此度の事は俺が責めを負いまする」と忠盛に言う清盛。
「責めを?」
「はい」
「いかにして負うつもりじゃ?」
「自分のした事を全て正直に・・・」
「ならん!」
「責めを負うと申すなら、やりようは唯一つ。この件には一切関わりないと言い通す事じゃ」
「・・・さ・されど、国松・時松・蝉松は私の郎党にござります。輩を見捨てるわけにはまいりませぬ!」
「輩?」
「はい」
「お前は、その輩とやらと何をしてきた?」
「申し上げましたとおり、船の警固役として働き、その褒美を貧しい民に分け与えておりました」
「ほう・・・民を守っておったと?」
「はい」
「まこと守っておったと思うておるか?」
「・・・」
「その村の民が賊に襲われた。その賊はな、お前らが退治した海賊たちだ。お前たちの恨みから徒党を組んで村を襲ったのだ」
「・・・えっ!?」
「よいか。浅知恵で押さえつけた者は必ず浅知恵でやり返してくる。それで傷つくのは弱き民だ。お前は民を守ってなどおらぬ。お前がしたことは賊と同じだ。お前が村を襲ったも同じなのだ。それでもお前がこうして生きておられるのは、お前の知らぬところで平氏一門がお前を守っておるからだ!かように赤子同然の者がいかにして一人で責めを負うと申すのじゃ!」
「・・・されど・・・己一人、何の罪もないという顔をして、どうして生きていけましょうや!」

忠正が口を開く。
「もう回りくどい話はよい。清盛。平氏と縁を切れ。さすれば、お前の気の済むように責めを負えよう。清盛!」
「それはならん!」と忠盛。
忠盛を見上げる清盛。
「清盛が平氏と縁を切る事は断じて許さぬ」
「何故じゃ?それで全てが納まるであろう!」と忠正。
「なくてはならぬからだ!」と忠盛。
沈黙する忠正。
「清盛は平氏になくてはならぬ男であるからだ」
清盛の顔を見据える忠盛。
「兄上は姉上のお立場でものを考えた事がおありか?男子をもうけた正妻であると申すに、どこの馬の骨とも知らぬ白拍子の子を嫡男として育てさせられる。こんな馬鹿げた話しがあるか!」と忠正は不満をぶつける。
「忠正様、おやめ下さりませ」と宗子。
「正妻にいらぬ忍耐を強いて何が棟梁ぞ!」忠正の怒り爆発。
「おやめ下さりませ!清盛は私の子どもでございます!私の子なのですから。私の・・・」
泣き伏せる宗子。
「母上!」「母上!」
腰を浮かせた清盛だが、家盛が宗子に駆け寄る姿を見て思いとどまった。
「兄上、母上のためにも、どうか父上の仰せの通りになさって下さりませ。弟の頼みをどうか聞いて下さりませ!」
「俺は・・・俺は・・・」
部屋を飛び出すしかない清盛であった・・・。

うーむ、見応えがありましたね。この場面。
誰も、誰も間違った事は言ってないんですよね。

野良犬として生きる清盛の思い。
平氏一門を思う忠正。
子を思う宗子。
父母や兄を思う家盛。

それぞれの思いが曝け出されたわけですが、それらを包み込むような忠盛の思い・・・。
遥か先を見通し、平氏一門の、ひいては武家の、更なる飛躍を胸に秘する忠盛。
確かに、忠正の言う通り、家盛が後を継げば平氏は安泰でしょう。
しかし、それでは、「そこまで」なんですよね。
若き忠盛が味わった苦い思い、心の傷、限界・・・そういうものを超越してくれるのは清盛しかいない、平氏の男であるけども院の血をひく清盛こそ唯一の希望なのでしょう。

その忠盛の思いは、ここにいる誰も理解できないかもしれません。
孤独ですよね、忠盛。

加茂の河原

飛び出した清盛が向かった先は、加茂の河原で武芸の稽古に励んでいる義朝の元。
この後、義朝に競べ馬を挑んだ清盛はあえなく落馬して義朝に敗れるわけですが、己の無力さを改めて思い知らされることとなります。

「『武士は王家の犬だ』と申したな。それは違う。武士が王家を守ってやっておるのだ!きっとそうだ。俺はいつか、思い知らせてやるつもりだ。武士がおらねば、王家は何も出来ぬと。そのため、北面の武士となることを望んだが、俺には許されなかった。だが、まこと最も強き武士は源氏だ!貴様のような情けない武士を抱えた平氏とは違う。それが分かって今日は気分がいい」

そう言い残し、馬に乗る義朝。
「勝ち逃げは許さん!次は負けん」と吠える清盛。
「次などないわ」と振り返りもせず馬を進める義朝。
清盛の覚醒を感じたのか、義朝の顔に思わず浮かぶ笑み。

うん、義朝、格好いい!ですが・・・おい、さっきまで練習してた弓矢を忘れてるよ(笑)
後で郎党にでも取りに行かせたのかな?それとも清盛が「さっきはどうも、へっへっへっ。これ忘れてたよ」って届けたのだろうか。
細かいところが気になってしまって(笑)

野良犬のままでは生きてはゆけぬと思い知らされた清盛は、北面の武士として、鳥羽院の前に跪いたのでした。


良い場面と?な展開が混在した第3回でした。
忠盛は言うに及ばす、鳥羽院、璋子、それぞれ良かったですね。
平家の一門の忠正や宗子、家盛、それぞれも良かったです。

さて、表舞台に立った清盛、いかなることになりましょうや。
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