三朝四朝又朝朝

思ったことなどを徒然に・・・・・・
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江〜姫たちの戦国〜 第43話 感想

前回の42話が大坂冬の陣で、今回が大坂夏の陣。

今回のサブタイトルは「淀、散る」です。これで豊臣宗家は滅ぶわけですが、如何に滅んでいくかというところに興味がありました。幸村以外の大坂方の武将たちの活躍は全く期待してませんでしたし(笑)
で、淀や秀頼の演技、良かったです。正直、ちょっと泣けました。それに比べ主人公の江や秀忠は・・・。

ちなみに冬の陣は、1614年11月19日木津川口において戦端が開かれましたが、今の新暦で言うと12月19日です。夏の陣で激戦だった天王寺・岡山の戦いは、1615年5月7日で新暦の6月3日ということです。旧暦の4月・5月・6月は夏ですので「夏の陣」なんですよね。

さて、淀や秀頼の滅びの美学は・・・。

 遠ざかっていく母のお市と姉の淀。
自害しようとしている淀。

我に返った江。
夢・・・。

「江には言えぬなぁ・・・戦は避けられぬだろうとはなぁ・・・」
と正信の言う秀忠は、家康や淀・秀頼の心情を思い返す。

(大坂冬の陣が終わって一月、戦の火蓋が再び切られようとしておりました・・・)

「姉上・・・」
大坂の淀のことを思う江。

ちなみに、「戦の火蓋を切る」っていうのは、戦が始まることですが、この火蓋は火縄銃の安全装置である火蓋のことですね。火縄銃は火皿を覆っている火蓋を開いて(切って)から発射する構造になっており、「火蓋を切る」は、そこからきた言葉です。だから、戦国時代前の源平とかの戦で「戦の火蓋を切る」って使うと意味としては通じるけど、歴史的には間違いになりますよね。まぁ関係ないですが・・・。

テーマ音楽。

慶長二十年(1615年)春、駿府城

京で大坂方の牢人たちによる騒動のことを家康に報告する本多正純。
嬉しそうに聞いている家康。

「ならば、動くしかないか」

うーむ、冬の陣の時に雇い入れた牢人衆。
この牢人衆の扱いが豊臣家にとっては難しいものとなっていたようですね。
中には、布教の自由を夢見るキリシタンもいたようです。
冬の陣はともかく夏の陣は、豊臣家が牢人衆たちに引き摺られた面があるとも言えますね。
牢人衆は、いざと言う時のために必要だけど、徳川から文句を言われる原因ともなってしまいました。

大坂城

秀頼の国替えか牢人衆を放逐することを迫られた豊臣家。

「これは挑発です。我らが城を離れることはない。行き場のない牢人を追うこともできぬ。それを知り言うておるのでしょう。ならば受けて立つまでにござります!」と言い放つ秀頼。
「秀頼・・・」
和平を求めていたはずの秀頼の言葉に驚く淀。

秀頼は冬の陣の和議の後に堀を埋められ無残な姿となった大阪城を見て「徳川憎し」の思いに駆られたのでしたね。ほとんど城を出たことがない秀頼にとって、大阪城は父である秀吉の象徴でもあり豊臣家の誇りでもあったわけで、その城を破壊した徳川が許せなくなったということで、前回の秀頼の和平からの路線転換は見ていても納得できましたよ。良い演技でした。

「なりませぬ。戦は断じてなりませぬ」と初こと常高院。
「和議を結ぶ道はないのか」と常高院は周りを見る。
「和議などと・・・」と大蔵卿。
「今、戦とするは得策ではないかと」と大野治長。
「何故じゃ?」と秀頼が問い返す。
「ここ大阪城は堀を埋められ、今や裸城。戦支度にはしばし時がかかります」
「私が駿府へ参ります。徳川と和議を結ぶ場に立った者として、此度の事、家康様の言い分を聞いてまいります」と常高院。
「初・・・」と淀は常高院を見る。
頷く常高院。

城内の慌しい気配に不安になる別室の千。

短い場面でしたが、良かったですね。
和平路線の常高院。強硬路線に転じた秀頼は、あくまでも有利に戦をするために常高院の駿府行きを黙認した感じだし、強硬派だった淀には迷いが見えました。治長は忠実な家臣として助言をするのみでしたね。それぞれの心情が短い会話の中に表れてましたよ。ここ数回の豊臣方の演出は良いですね。

駿府城

国替えは不可能、牢人衆の放逐は数が多いので時間がかかると家康に訴える常高院。
それを聞いた家康は表情を和らげて問い直す。
「初殿。そなた自身はどのようにお思うておいでかな?」
「私、に、ござりますか・・・」
立ち上がり常高院の傍に座り直す家康。
「そなたは、豊臣に嫁いだ淀殿の妹。徳川に嫁いだ江の姉上じゃ。両家の間にあるは、初殿ただひとり・・・」
「私は姉を止めたいと思うておりまする」
「ならば大坂へ帰り、その思いを伝えてはいかがかな」
「お願いいたします。どうか此度の件、お心を変えていただくことはできませぬか」
「気持ちは変わらぬ。曖昧なる返事なら、いらぬと淀殿に伝えられよ」

江戸城

「大坂へ行く?」と相変わらず相手の言葉を聞き直している江(笑)
「東海や西国の大名にまもなく出陣の命が下る」
「それは戦ということですか?」出陣だもん、それしかないじゃん、お江さん。
「国替えに応じず、城から牢人を追わぬ以上、大坂方もその覚悟あってのことであろう」
「ならば、私が参ります!」
「なんだと!?」と秀忠。
「またかよ・・・」と視聴者。
「私が会って、話をします。説いて聞かせ、皆を連れて大坂を出ます!」
「そなたの思いは分かった。されどここは私に任せてはくれぬか・・・江、文を書いてくれ」

四月十日、秀忠江戸を出陣。

・・・と、まぁ、相変わらずの江戸組でしたね。「私が」の江と「任せよ」の秀忠。しかし、この二人の思いが実現されたことってあったのだろうか・・・。

伏見城

京へ着いた秀忠は常高院と会う。
江からの文を渡し、できるだけお互い頑張ろうと励ましあう秀忠と常高院。
秀忠は、その足で高台院(秀吉の正室おね)の元へ。

高台寺

秀忠は高台院に淀に対する説得を依頼する。
しかし、暗に無理なことを仄めかす高台院は、秀忠の立場、つまり、父と嫁の板ばさみという事を気遣う。

「家康様が豊臣を滅ぼしたいと願うは、あなた様のためでもありましょう」
「私はそのような事、望んではおりませぬ」
「・・・秀忠殿・・・私は思うのです。この世を泰平にするために・・・避けて通れぬ戦があるのではと・・・」
「それが・・・此度の戦だと?」
その問いには応えず、ただ悲しげな表情の高台院であった。

高台院、久しぶりでしたね。しかし、このドラマでの秀忠と高台院の会話って今まであったかな・・・。なんか唐突過ぎるんですよね。戦を回避できない理由付けとして当て嵌めたような感じでした。それならそれで、今までに高台院の心情などや秀忠とのやり取りなどをもう少し描いていれば良かったと思うけど・・・。

その夜(伏見城か二条城?)

大坂城の絵図面を前に家康と向き合う秀忠。

「豊臣に残されたは城を出ての野戦のみ。どこまで踏ん張るかまずは見ものじゃ」
「去年の冬の戦と同じですね。言いがかりをふっかけ、従わないとみるや戦に持ち込む・・・まだ間に合います。他に手立てはないのでしょうか。戦にせずにすむ手立ては」
「まだ戯けを申すかっ!戦無き世が欲しいなら、戦こうて勝ちうるほかにない!それも分からず、戦が嫌というなら今すぐここを去るがよいっ!」

家康の一喝に何も答えられない秀忠。

この秀忠は、言わば、大坂に来られない江の代理みたいなもんですから、江が一喝されたと同じですよね。今の江の心境って、結局、姉の淀の身の上を心配しているだけで、天下泰平という大きな視点からの戦争反対でもないですしね。それは秀忠も同じ。口では豊臣が関白、徳川が将軍として支えるって言ってますが、具体的な動きはしてないですもんね。将軍としての秀忠の顔が見えてきません。

これで秀忠は変わるのでしょうかね。しかし、それなら今までの秀忠の家康に対する言動は何だったのでしょうか?結局、偉大な家康に敵わなかった苦労知らずで世間知らずの秀忠って感じですもんね。

で、おまけに江戸を出陣する前に、江に安請け合いまでしてますし・・・。「最悪の場合も覚悟しておいてくれ」ぐらいは言ってても良かったと思うけどなぁ・・・。いろいろ言い様はあるだろうに。ああいう言い方では江も「戦になっても淀の身の安全は保証されるだろう」くらいは思っちゃいますよ。何て言っても、秀忠は将軍なんだしね。将軍が助けよと言えば助かるだろうしね。将軍になって十年、秀忠は何をしてたんでしょうかね。こんなに魅力のない江と秀忠の主人公夫婦って・・・。

で、未だに秀忠は「若様」って呼ばれてるのもおかしいよね。「上様」だろうに。

大坂城

江からの文を読む淀。
しかし、淀の気持ちは変わらない。
「この城で戦うは死ぬことと同じなのですよ!」常高院が叫ぶ。
「最早引き返すことは出来ぬ」と静かに言う淀であった。
常高院は言葉を失う。
江の文を仕舞った引き出しには父の遺品である短刀が・・・。

四月二十六日 夏の陣開戦

遠く江戸で写経をする江。

大坂の戦場で高台院の言葉を思い返す秀忠。

しかし、なんで今頃になって高台院に「泰平のために必要な戦」ってことを言わすのかな。
ある意味、今までの主人公たちの言動の全否定でしょうにね。主人公たちに、散々「戦は嫌じゃ」とか言わせておいて、ここにきて「泰平のために必要な戦」って事を持ち出してくるって、「それはないよ!」と主人公たちも言いたくなるかもね。

この時代、まずは自家の安泰だろうし、そのための領国の経営・防衛・拡大だったはず。だからこそ商業も隆盛したし、文化も独特のものが産み出されたと思う。

考えてみれば、関ヶ原以降この大坂の陣まで戦は無かったわけだし、天下は曲がりなりにも泰平だったわけで、「戦争を知らない」兵士たちも大勢いたはずなんだよね。で、大坂の陣は、結局、「徳川の、徳川による、徳川のため」の戦だったはず。だから、極論を言えば、秀忠や江、その子どもたちなど、徳川家の存在そのものが戦を起こした原因とも言えるかも。そういう意味で、家康の言葉は正論だし、秀忠や江の言い分はどこか浮ついて聞こえるんだよね。

秀忠の陣

「小松山にて敵将後藤又兵衛を討ち取りましてございます」との伝令が秀忠の元へ。
目を閉じたままの秀忠。

又兵衛・・・何のためにこのドラマに出てきたの分かりませんでしたね。

「真田幸村勢、思いのほか手強く、我が方、進むに進めませぬ!」
目を開ける秀忠。

関ヶ原の時からの因縁の相手である幸村。
前回、大阪城へ秀忠が潜入(笑)した時に幸村とすれ違いましたもんね(笑)
秀忠の好敵手って感じを出したいのでしょうけど、幸村は家康しか狙ってませんし(笑)

夜、家康本陣

明日の決戦を前に陣割を決める徳川首脳陣(家康、秀忠、正信の三人だけだけど・・・)

天王寺口が主戦場となる予測を立てる家康と正信。

「私を総大将に任じて下さい」と主戦場となる天王寺口の受け持ちを家康に主張する秀忠。
秀忠の意外な言葉に笑う家康。
「はっはっはっ、戦に不服のお主が大将にか?」
「私は将軍です。やらねばならぬ戦なら、その本分を果たしたいと存じます」
「ほぅ・・・」
立ち上がり暫し考える家康。
「そちは今のまま岡山口におれ」
秀忠も立ち上がる。
「豊臣を滅ぼす戦、最後の采配はわしが揮う」
そう言い残し、家康は立ち去る。

そりゃそうでしょう。秀忠の今までの立ち振る舞いから安心して任せられませんよ。

で、和平路線の秀忠が総大将にという路線転換は、結局、前回の淀や秀頼の決意の固さ、高台院の言葉、家康の一喝という流れですが、軽いですよね。将軍になって十年、何してたんだよって言いたくなります。

慶長二十年五月七日

大坂城

「戦いは我らが有利に進んでおります」との伝令が秀頼の元へ。
その伝令は続けて秀頼ご出馬を請う。

「分かった」秀頼は立ち上がる。
「総大将が軽々しゅう動いてどうする」と淀。
「総大将なればこそにございます」
「ならぬ!」
「そのような・・・」
「ならぬ」

うーむ、聡明な秀頼ですが、ここらへんが限界ですね。やはり、戦で育った男ではありません。これが信長や秀吉なら、すぐさま飛び出していったはず。古希を越えた家康が駿府から大坂まで出向いていて、秀忠という壮年で現役の将軍である息子がおりながらも指揮を自ら執っているのとは大違いです。

茶臼山、真田本陣

秀頼の出馬がないと分かった幸村。
「ならば、わしはわしのやり方を貫くまで。狙うは家康が首一つじゃ!」と出撃。

岡山口、秀忠本陣

先鋒の本多忠朝討死、小笠原秀政の敗走、小笠原忠脩の自害などの報が届く。

「これほど激しい戦は見たことがありません・・・」と正信。
「籠もる城とてすでにない。勝てぬ戦を何故こうまで必死で戦うのだ・・・」と秀忠。
「狙うはただ一つ・・・大御所様の首にございましょう」と正信。

ホントに秀忠は分かってませんよね。大坂方は、城がなく、これが最後の戦いと分かっているからこそ必死で戦っているんでしょうに・・・。

そこに、幸村の軍勢が家康の本陣に迫っているとの伝令が飛び込む。

「すぐに援軍を出す。馬ひけぇぃ!」
「若っ、ここ岡山口を手薄にしてはなりませぬ。大御所様も喜ばれませんぞ」と忠告する正信。
「オヤジの命などクソ喰らえだっ!」

家康の命令を無視するって、あのね、そしたら、和平路線を貫けよ!
結局、このドラマの秀忠って、都合の良い反発しかしてないんだよね。
それに正信もいつまで秀忠のことを「若」って呼んでいるんだよ。

家康・本陣

家康の本陣に突入する幸村。
家康の姿はなかった・・・。

馬を疾走させる秀忠。

何だか、戦での秀忠って馬に乗ってる姿しか記憶にないなぁ(笑)
このドラマの秀忠は軍勢をあちこち移動させてるだけじゃん。

家康の本陣に到着した秀忠。
本陣は真田の突入で無残な様子となっていた。

「大御所様をお探しするのじゃ」と叫ぶ正信。
「真田の兵が潜んでおるやもしれぬ。皆々気を抜くな!」と秀忠。

その秀忠、本陣の隅で楯や旗指物の影に倒れている幸村発見(笑)

「幸村・・・」と刀を構える秀忠(笑)
「おおっ・・・これは良き死に場所をもろうたわ・・・」とつぶやく幸村。
「オヤジは・・・オヤジはどうした?」
「・・・おおっ、うっ」息絶える幸村。

おい!これが幸村の最期なのかよ!

「こんなところで何をしておる」
ひょこり現れる家康(笑)

「ご無事でしたか!」と秀忠。
「岡山口はどうした?」
幸村の遺体に目を止める家康。
「たいした男よ・・・此度ばかりはダメかと思うた・・・」と徳川の旗を幸村の遺体に被せる家康。
「しかし、この戦は勝つ。勝って乱世を終わらせる・・・」

いやいやいや、関ヶ原も大坂の陣もあんたが起こしたようなもんだし(笑)
幸村の死に様も何だかなぁ・・・。
何とか秀忠と幸村を絡ませようとしたけど、上手く絡まなかったしね。

例えば・・・
本陣に駆けつけた秀忠。
傷ついた幸村を発見。
「我が夢敗れたり・・・」と幸村は足元おぼつかなく立ち上がる。
討とうとする秀忠の家臣。
家臣を止める秀忠。
不審気に秀忠を見る幸村。
「そなたの戦は終わったのであろう・・・最期は一人静かに迎えられよ」と秀忠。
不敵な笑みを浮かべ、ヨロけながらも立ち去る幸村。

という感じであれば、幸村が四天王寺の近くの安井神社で最期を迎えた史実にもつながるし、前回の大坂城での秀忠と幸村の邂逅を伏線として活かせるんじゃないのかな・・・。あの時は幸村が秀忠を見逃し、今回は秀忠が幸村を見逃すって感じでね。

豊臣勢の壊滅・大坂城に徳川勢が攻め入った報が入る。

「いよいよ大詰めじゃな・・・」と家康。
「城には娘が・・・千がおりまする」と秀忠。

大坂城

敗報が伝わる城内。

呆然と座り込む淀。
「姉上・・・」と常高院も言葉が続かない。

一室で自分の髪を切る秀頼。
その髪を千に手渡す。
「そなたにはすまぬと思うておる」
「秀頼様・・・」
千を抱きしめる秀頼。
「千・・・」

江戸では写経を続ける江がいた。

大広間に集まった豊臣家の人々。
「終わったな・・・すべて終わった・・・城を出るがよい、初」と淀。
「ここまできて、出るつもりはありませぬ」と初こと常高院。
「叔母上、私からもお願いします。千を連れて行ってはいただけませぬか」と秀頼。
「嫌にございます!」と千。
「千、父上に頼んではくれぬか?秀頼の命を救うてくれと」
「何を仰せです!」
「この戦、すべて私の科であるとな」
「母上!」
常高院に文を渡す淀。
「これを徳川殿に・・・同じこと書いてある」
「姉上は・・・どうするのですか?」
「私は・・・母上のようにいきたい・・・誇りをもってな」
「姉上・・・」
もう一通の文を取り出した淀。
「江にはこれを・・・豊臣と徳川の間で胸を痛めさせたことをすまぬと伝えてくれ・・・それは、そなたも同じじゃな・・・今まで支えてくれたこと、有難く思うぞ」
「姉上・・・」
千を見る淀。
「・・・千にも辛い思いをさせた。許せよ・・・」
「・・・母上様・・・」
思いを振り切るかのように立ち上がる淀。
「二人を城の外へ」

兵に連れていかれる常高院と千。

閉じられる扉。

「出馬をお許し下さらなかったのは、私を救うためですか」
「そればかりではない・・・私の傍から一時も離しとうなかった・・・愚かな母と笑おうてくれ」
「母上・・・」
「・・・誇りなどと言うたが、誇りではなく意地で選んだ道やもしれぬな・・・」
「母上は誇り高きお方にございます。そして・・・愛に満ちておられました・・・」
「その愛で・・・そなたを苦しめた・・・」

敵の襲来を告げる声がした・・・。

江戸、写経を続ける江。
書き損じて紙を取り替えようとする手を止め、書き損じた所を見入る江。
般若心経の「不滅」の「不」がかき消されていたのであった。

うーむ、やはり、淀は実質的な大将は自分であり、秀頼の命を助けたかったんだろうね。
だからこそ秀頼が戦場に立つことを許さなかった。
母の愛ですね。
でも、それは、やはり、父の愛ではありませんでした・・・。
秀頼には戦場で指揮をとってもらいたかったと草葉の陰で秀吉も思っているはず。

秀忠の本陣

激戦が終わり、夜が訪れる・・・。

「城内はどうなっておる!」と苛立つ秀忠。
「新たな手勢を出し、様子を伺っております」と正信。
「わしが行くっ!」と秀忠。
「若っ!」と正信。
若って・・・普通、上様だろうにね。

そこへ常高院と千が連れられてくる。
「姉上・・・せんっ!」
千を抱きしめる秀忠。
「父上、秀頼様をお助け下さい。母上様を・・・」

家康の本陣

淀の文を読む家康。
「なるほど・・・よう分かった」
「どうぞ、秀頼のみならず姉の命もお救いくだされませ!」と家康の足元にひれ伏す常高院。
「おくたびれであろう。奥で休まれるがよい・・・のう、千」
「どうかお答えを!」と食い下がる常高院。
家康を黙って見続ける千。

「私にお任せ下さい」と秀忠は常高院を引き起こす。
奥に連れていかれる常高院と千。

「この沙汰・・・任せる。生かすも殺すもそなた次第じゃ。今、この時からそちが総大将じゃ」
そう秀忠に告げ、去る家康。

そこへ正純が秀頼と淀は山里曲輪の蔵に逃れていることを告げる。

山里曲輪では、秀頼助命の知らせを待つ淀がいた。

「城に火をかけよ」と命じる秀忠・・・おい(笑)

燃え上がる大坂城本丸を見上げる淀と秀頼。
「・・・なんと・・・」
「これが徳川からの答えです・・・」

京の高台寺、南の空が朱色に染まるのを見続ける高台院。

夜が明けても燃えつづける大坂城。

「正純・・・」
「はっ」
「秀頼様、淀の方様の籠もる蔵に・・・一斉に鉄砲を打ち込め!」と秀忠・・・おい!(笑)
「承知っ!」
秀忠を見上げる正信。
その表情は視聴者代表みたいでしたよ(笑)
涙を流したまま城の方を見つめる秀忠。
泣けば良いってもんじゃないだろうに。

山里曲輪

「今ならまだ間に合う。城から逃れよ」と淀。
「私は豊臣の主・・・太閤殿下の子にこざいます。戦に破れたならば、死ぬまでにございます」と秀頼。
「・・・秀頼・・・」
微笑む秀頼。
顔を俯向ける大蔵卿。

そこに鉄砲が打ち込まれる。
淀と秀頼の前に立ちふさがる治長。

「治長・・・」と淀。
振り向き跪く治長。
「最後までお仕えでき、幸せにござりました」
「サキ・・・」
「私も我が子と共に死ねまする」と大蔵卿(治長の母)。
「お方様ーっ」と侍女たちも叫ぶ。
「皆々許せ・・・」と淀。

響く銃声。
蔵の中に打ち込まれる銃弾。
治長被弾。
「ひっ・・・火・・・火をかけよっ!」と最期の声を振り絞る治長。
自ら頚動脈を切る大蔵卿。

二人きりとなった淀と秀頼。
鎧を脱いだ秀頼。
短刀を出す淀。

「母上・・・共に参りましょうぞ」
短刀を見つめる淀。
父である浅井長政の遺品として母の市から渡された短刀。

「琵琶の湖が・・・見えるようじゃ・・・」

涙・・・

「琵琶の湖・・・」
「そなたにも・・・見せたかった・・・」

短刀を抜く二人。

「母上・・・殿下・・・茶々も参ります・・・」

涙・・・

「初・・・江・・・」

刃を突き立てる秀頼。

「・・・さらばじゃ・・・」

淀、散る・・・。

仏前のロウソクが風で消える・・・。
合わせた手を止める江。

炎も見えなくなった大坂城。
「姉上・・・」
「秀頼様・・・」
泣き崩れる千と常高院。
少し離れたところで呆然と立ち尽くす秀忠。

(こうして豊臣家は、茶々、秀頼の死をもって滅びさったのでございます)

宮沢りえさん、泣かせてくれましたよ。
見せる演技でしたね。
「琵琶の湖が・・・見えるようじゃ・・・」と「母上・・・殿下・・・茶々も参ります・・・」には参りました。
このドラマ、茶々が主人公で今回で最終回でも良かったと思いますね。

秀頼さん、お疲れ様でした。
なかなかの熱演ぶりでしたよ。

この二人の最期、切腹って言うより心の臓を一突きって感じでしたね。
まぁ、介錯人がいなかったので、あれでいいのでしょう。

家康さんもお疲れです。
幸村襲撃後、ひょこりと本陣に戻った時は笑いましたけどね(笑)

主役のお江さんは、今回大人しかったですね。
お江さんが静かな回は出来が良いというのも悲しいもんですが・・・。

で・・・

ひ・で・た・だーっ!(笑)
何なんだよ!
「私に任せよ」と散々言っておいて最後はあれかよ。
正信もビックリしてたじゃん。
「おいおい、そこまでやるか・・・」って(笑)
千や常高院も「えーっ・・・」だよね。
今まで独自の秀忠像でやってきたけど、ここで完全に破綻した感じです。
高台院の言葉や家康の一喝で収拾しようとしたけど、逆に違和感ありまくりでした。

まぁ、最後の確認をしたかったのかもしれませんがね、家康は。
淀と秀頼の扱い方次第で秀忠の処遇も決めるってな感じもありましたし。
その家康の圧力に屈した感じです。いや、世を背負っていく圧力にでしょうかね。
いつの世も最高権力者って孤独なのかもしれませんね。
その重圧や孤独感を漸く秀忠も感じるようになったというところでしょうか。

ここ数回は淀や秀頼、家康で何とかもった感じです。
しかし、次回、大変だよ、秀忠は。
江にどう言うんだろうね。
娘の千も反発するだろうし。
二人の息子の扱いも難しいしね。

意味もなく家康に反発してきた報いじゃ!
因果は巡る・・・か。
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