三朝四朝又朝朝

思ったことなどを徒然に・・・・・・
<< August 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
江〜姫たちの戦国〜 第36話 感想
 
予想通り、関ヶ原の戦いの結果は冒頭のナレーションで(笑)
出演者や視聴者を含めて、文字通り「幻の関ヶ原」でした。

今回のサブタイトルは「男の覚悟」です。
関ヶ原への遅参などの不手際を反省した秀忠が徳川嫡男として自覚に目覚め、将来の天下を背負っていく覚悟を決めるのかと思っていました。そして、戦に負けた三成の覚悟、籠城戦で持ちこたえられなかった高次の覚悟・・・そういう男たちの覚悟が描かれるのかと思っていましたが・・・甘かったです・・・。

江戸城

徳川勝利の報が届いた江戸城は戦勝の宴会でお祭り騒ぎ・・・。

いや、確かに「関ヶ原」では徳川方が勝ちましたけど、会津の上杉とか全国的にはまだまだ落ち着いてないでしょうに・・・。
なんか徳川家らしくないんだよなぁ・・・。

で、江や大姥局などは天野康景から秀忠が関ヶ原の戦場に遅参したことを聞く。
「何という・・・」と嘆く大姥
「あはははっあはははっ」と大笑いする江
「何がおかしゅうござりまするか?」と不審げに聞く大姥
「おかしいではないか。4万の大軍を任されながら、事もあろうに関ヶ原に遅れるなど」
「若様は御大将にござりまするぞ!」と大姥
「いかにも・・・秀忠様らしいではないか」

ここで江が大笑いした心境は理解できなくはない。
年下のくせに理屈屋で皮肉をいい「戦は嫌」「総大将など無理」と言いつつ出陣していった秀忠の様子を思い出し、上田城で真田にコテンパンにやられ、慌てて西に向かうが戦に間に合わなかった秀忠を想像し「あのもっともらしい顔をした秀忠がどんな顔をしているのやら」と想うと笑えるのだろう。
その前提として徳川勝利・秀忠無事というのもあるだろうし。

しかし、江は、このような豪快な笑いをする人物として今まで描かれてきただろうか?
常に眉間にシワを寄せ、不安を口にし、誰かを責めている人物として描いてきたはず。そういう人物像からすると、この笑いは理解できない。唐突過ぎるんだよね。だから不自然に感じてしまう。

今までの演出の流れからすると「戦に遅れたとはいえ、無事でなにより」と胸を撫で下ろし、「豊臣は・・・姉上や秀頼はどうなったのじゃ?」と使者の天野に問い返す方が人物像としては合っている気がするけど・・・。

人が気付かない未来を見通し、余計な心配をし、その不安を周囲に言い歩き、気に入らない相手を見下してきた人なんだからね。この主人公の江は。

夫の大失敗を笑い飛ばす豪快な一面を描くなら、今までにもそういう描写をしておくべきだろう。その時その時の思いつきで演出している感じがして仕方がないよ。

で、悪阻が起き、江の妊娠が判明。
侍女の一人も気分が悪くなった様子。
これは・・・もしや・・・。
その侍女を見る大姥。

北近江・古橋

山中の洞穴で近在の農民に匿われている三成。
三成の脳裏に去来するのは淀の方のこと。

「何が起こりましょうともこの三成、淀の方様をお守りいたします」
「三成・・・」

うーむ、三成の一方的な片思いだよね。
淀はただ一言「三成・・・」だけで、三成に対してどういう想いを抱いているのかの描写はないし。
哀れ三成。

近江・大津城

関ヶ原の戦いから5日後、家康は大津城に入る。
もちろん京極高次は頭を剃り高野山へ落ちていったので、出迎えたのは龍子と初。

「此度はよう戦ってくれた。礼を申しますぞ」と労う家康。
「誠に大変でした」と龍子。いや、あなた何もしてないし(笑)
「それで、夫は?」と尋ねる初。
「弟は?」と龍子も(笑)
「高野山に使者を立てておりますが、我が援軍が駆け付ける前に城を明け渡したことを深く恥じ、山を降りてくださらんのです」
「いかにも夫らしゅうございます」
「京極殿にはいくら礼を言うても言いきれません。近々若狭一国8万5千石を差し上げとうございます」
「すごい!ねぇ」と初に同意を求める龍子。
「高次様がどれほどのお覚悟で戦われたか・・・。それくらいのこと当然にござりまする!」と何故か不機嫌で怒ったように言い切る初。
「初殿」とたしなめる龍子。
「いや、仰せの通り。やはり、浅井の三姉妹は強うござるなぁ・・・」と家康。

いや、江にしても初にしてもこの姉妹は自分勝手だろう(笑)
あれほど「戦は嫌」とか「豊臣はどうなる?」とか言ってたのに、戦が終わり自分が勝ち組となれば、そういうことはこれっぽっちも言わないよね。
初にしても目の前の家康に姉や秀頼のことを尋ねてもいいだろうに。

そこへ秀忠到着の知らせが届く。

面会を拒否された秀忠。
自分が腹を切ると言う大久保忠隣。
どんなお咎めも受けると冷静に言う本多正信。
責めはすべて大将たるわしが背負うと気負う秀忠。

その3日後、漸く家康は秀忠と会見する。

「此度は総大将のお役目をいただきながら、御意に叶いませなんだこと、衷心よりお詫び申し上げます」
「詫びれば済むのか?」と家康。
「しかしながら、あれは・・・」と正信が言いかけるが秀忠はそれを遮る。
「関ヶ原に遅れをとりましたこと、すべて己れの咎にて・・・いかなる処罰をお受けする覚悟にございまする」と頭を下げる秀忠。
「ま、よい」と家康。
「戦には勝ったのだしな・・・」
訝しげに家康を見る秀忠。
「何じゃ。小言の一つでも言うて欲しいのか?」
「すぐに会うたのでは周りに示しがつかぬと・・・?」と解説する秀忠。
「それが上に立つものの気配りよ」
「上田城の真田に無用の戦を仕掛け、手もなくひねられたとか・・・」
「・・・はっ」
「それでもそなたは徳川を担う嫡男じゃ」
家康を見る秀忠。
「痛き目にあい、そなたも学んだであろう・・・此度の戦はそれでよい。いや、初めての大将にしてはようやった」
「・・・そのようなことは言われたくはありません。私の不手際で何人の者を死なせたか・・・何千何万の兵を苦しめたか・・・」
「されど、それが戦じゃ」
「ならばっ!私は戦など真っ平御免でございます!」
そう言い捨て立ち去る秀忠。

うーむ、秀忠の気持ちも分かるけどね。
面会できるまでの日々、すべての責任は自分にある、どんな罰も受ける、そう覚悟していたのでしょう。身も細る思いだっただろう。
しかし、実際に会うと罰もないし、逆によくやったと褒められる始末。
結局、数日間面会できなかったことが罰だった・・・。秀忠にしたら馬鹿にされてるようにも思えたのかもしれません。

総大将の指図一つで何万もの人間の運命が決まるということを学んだわけだしね。
今回のこの「ならばっ!私は戦など真っ平御免でございます!」という台詞は、今までの「戦は嫌」という台詞とニュアンスが違っているのかな・・・。
総大将という最終的に責任を負うべき地位でありながら責任を問われない、そういう特別な配慮はいらないという意味を含んでいると解釈しましたがどうでしょう。

まぁ、3万8千の軍を率いて西へ下るということはできたのだしね(笑)
それに、秀忠の遅参は家康の本意だったという説もあるくらいだし。
つまり、徳川本隊を残すためだったという意図があったのではということらしい。
でも、その説には個人的には賛成しかねますね。やはり、関ヶ原の家康はギリギリのところで勝ったと思う。小早川の裏切りなど、どうなるか分かったもんじゃないしね。家康としては徳川の総力をもって戦に望みたかっただろう。
秀忠遅参の結果、関ヶ原では豊臣恩顧の大名が主戦力となってしまい、論功行賞も彼らに配慮せざるえない結果となってしまったわけで。

それに、大坂の陣の時、秀忠は猛烈なスピードで江戸から上京したんだよね。急ぎすぎて家康から「無用に兵を疲れさせるな」と苦言を言われるくらい(笑)
よっぽど、この関ヶ原での遅参が堪えたんだろうと思われますよね。

三成と秀忠

結局、三成は東軍に捕縛されてしまうわけで、家康・秀忠父子の前に引き摺り出されます。

戦に破れ自害せず山中に匿われていた真意を聞かれた三成。
「大坂に逃れて、機あらば再び兵を挙げるつもりでござった」と言い放つ。
「となると・・・生きておられてはやはり困りますな・・・」と三成に死の宣告をする家康。

この後、家康と三成の会話で関ヶ原の戦いの概要が説明される(笑)
関ヶ原の戦いが会話で終わっちゃったよ・・・。

で、家康が去った後、三成は再び縛られるが秀忠は「待て」と制止する。
縄を解く秀忠。
「私は納得がいきませぬ。(西軍の)総大将たる毛利は来ず、諸侯の裏切りに遭い、それでも太閤殿下の恩に報いようと戦った石田殿が罪人とは・・・」
「裏切りに遭うたは己の器の限り・・・」
「されど、自分のような・・・関ヶ原にも遅れた者が勝った側に連なるなど・・・」
「あなたはそうした器の人です。それは共に酒を飲んだ折、察しておりました・・・」
振り返り秀忠を見る三成。
「お父上譲りの大きな器だ」
俯く秀忠。

若干ズレてるよね。
正義は三成にあり、しかし、今は罪人になっていることの不条理を言う秀忠に対して、三成は器のことを答えてるし・・・。

(ここで言う正義とは、豊臣政権下での正義です。「太閤殿下の恩に報いようと」という秀忠の言葉は、三成の「義」を認めての発言でしょう。義は三成にあり、家康は不義であると秀忠は思っているようですね。家康に対して「狸」と呟いていたことがありましたしね)

結局、戦の勝敗は正義か否かではなく得するか否かであり、三成にそれだけの人望がなかったということでしょう。
そういう意味では、三成の器が小さかったと言えるでしょうが、秀忠の器の大小は関係ないですよね。秀忠が勝った側にいるのは、父親の家康が勝ったからだし。

「・・・先ほど、言われましたな。それがしが太閤殿下の恩に報いようと戦ったと・・・」
「はっ」
「それだけではないのやもしれません」
「では何のために?」
「あるお方のために・・・そのお方をお守りするために・・・一つお願いしたい」
「はっ」

秀忠の方に向き直る三成。

「豊臣をお守りいただきたい。秀頼公と淀の方様をお守りいただきたいのでございます。それが死に行く者の最期の願いにござりまする」
頭を下げる三成。
それを黙って見るだけの秀忠。

三成としては、ただ徳川の嫡男である秀忠の慈悲にすがるしかないし、秀忠は応えることもできず沈黙しかできませんでしたね。
秀忠は三成の想いは理解できるが父親の家康の野望を阻止することもできないわけですからね。
複雑な心境だったでしょう。

結果を知っている私たちは、何と無駄な願いを・・・と思いますが、三成の立場としては残された唯一の手段だったでしょう。
まぁ、いい場面だったのではないでしょうか。

こうして三成は最期を迎えますが、良い場面もすぐに壊されるのがこのドラマの悪いところ(笑)

江戸城

三成斬首、三成の一族の自害などの報をうける江。
「・・・城には金銀一枚、米の蓄えさえ無く、困窮の極みと察せられたとか・・・。関ヶ原に全てを投げ打ち、その挙句失うとは、まこと愚かの一言に付きまする・・・」と報告する天野康景。
「金銀など、どうでもよかったのじゃ・・・」
「はぁ?」と天野。
「亡き秀吉様のご意思を継ぎ、豊臣を盛り立てること叶えばな・・・三成は・・・そうした男であった・・・」と感慨深げな江。

私も「はぁ?」だよ。
今まで散々「三成が!」とか責めてたくせに!
「秀吉様」なんて言っちゃってさ。
「猿が」とか言ってたくせに。
こういう台詞がよくも言えたもんだよ。
どういう人間なんだよ、江は。
死んだら途端に嫌っていた人物の評価をコロッと変えるなんて・・・。

この台詞も三成の義を認めた台詞だし、裏を返せば、家康の言動を不義と認めた発言と思うけど・・・。
どうなんだろう・・・。今後、家康と江の関係はどうなるのかね。
家康を責めるのかな?「猿!」とか「三成!」とか責めてたように「狸!」と家康も責めないと筋が通らなくなるよ。

で、これ以上、この話を引っ張ることもできないためか、都合よく「うっ」と悪阻をもよおしてさ・・・。
で、侍女も廊下で悪阻のため倒れているし・・・。

後は、出産と秀忠の浮気騒動へとなるわけだけどね。
江のこの三成がどうのこうのっていう場面は興ざめ。

大坂城

秀頼と淀に報告する家康と秀忠。

「石田三成はじめ豊臣家に弓引こうとしておりました不逞の者たちは、これを退治いたしましてございます」
「されど三成は太閤殿下に誰よりも忠義を尽くしてくれました・・・」
「それがしも同じ思いにございまする。石田殿が謀反を企てることなくば、共に豊臣を盛り立てていけたものをと・・・」
「豊臣を盛り立てるとは?徳川殿の御本心、誠の心でしょうか?」
「亡き殿下に堅く誓いました通り、ひたすら豊臣家に御奉公して参る所存にございます」

家康と淀の会話に口をはさむ秀忠。

「恐れながら、亡き石田殿が最期に言い残しました。『豊臣のため、秀頼様、淀の方様を守ってほしい』と・・・」
「三成が・・・」
「此度の戦に望まれた石田殿の胸中、私などには思いもよらぬ、ただならぬお覚悟があったと存じます」
「・・・そうですか」

うーむ、これは、のらりくらりと言い逃れをする家康に対する挑発だよな、秀忠の発言は。
三成の最期の願いを秀忠なりにギリギリの線で果たしたってところでしょうか。まぁ、家康に釘をさしたって感じですね。

淀も三成の想いを感じてはいたのでしょう。そのへんの雰囲気がよくでてましたよ、宮沢さん。

江がいない場面は良いですね。良くなってきてるかもしれません。
しかし、江は主人公です。絡ませないといけないところが辛い(笑)

淀は江の近況などを秀忠に尋ねる。

「強そうに見えて感じやすく脆いところがある子です。よろしく頼みます」
「我が妻、江のためにもひとえに豊臣家への忠勤を尽くす覚悟にございます」
秀忠の言葉に感激を隠しきれない淀。
「それを聞き、何より嬉しゅう存じまする」
「ははっ」
淀は家康の方を向き言った。
「まこと嬉しく思いまする」
無言のまま軽く頷く家康・・・。

うーむ、なかなか良かったですよ。
こういう良い場面があるのに勿体ないよなぁ、このドラマ。
まぁ、三成の扱いが小者過ぎたという不満はありますけどね。
それに三成と淀との関係も薄かったし。

しかし、今後、豊臣を巡って家康と秀忠はどういう具合に描かれるのか興味ありますね。

一年後の慶長六年の江戸

侍女のなつが男子を出産する。
もちろん秀忠の子。
大喜びする大姥局。
大姥は早速江に報告するが、江はショックを受け寝込む。

二ヶ月後、秀忠江戸へ戻る。
江の体調が良くないと大姥から聞く秀忠。
大姥は嬉しそうに男子誕生を秀忠に告げる。

「何故江が子を産んでから話さなかった・・・」
「お方様もお喜びなると思いましてございます」
「江は違う・・・」
「はい?」
「江はそういう女子ではないのだ・・・」

と江の体調不良の原因を悟った秀忠であった。
秀忠も大変だよね。

江の部屋を訪れた秀忠は素直に江に詫びる。

「あなた様にお願いがござりまする。御子に竹千代とつけるのはお待ち願いませんか・・・」
お腹に手を当てた江。
「この子がもし男子なら、徳川嫡男に伝わるその名はこの子のために・・・」
「分かった」
「ただ・・・もし、この子が女子であったなら私を離縁していただきたいのです・・・徳川の跡継ぎを産めぬ女子がいつまでもいるわけには参りませぬ・・・これは私からの願いです」

ふーっ。「私は道具ではない」とか「産まれる子が男か女か関係ない」とか言っていた江はどこへ行ったんだよ!?現代感覚の女性からこの時代の女性に急に変わられてもね・・・。

部屋で伏せっている江。
「私はおかしいのかの・・・」

おかしいよ!

「・・・北政所様も・・・姉様でさえ側室が子を産んだことを受け入れておった・・・」

ちょっと待った!
このドラマ、淀は側室ではないと散々主張しておきながら、主人公の江は淀を秀吉の側室とみなしてたんだね。どうなってんだよ!おかしいだろうがっ!ちゃんと辻褄をあわせてくれよ!

で、結局、秀忠への愛ゆえに、この事態を受け入れがたいことが分かる江であった。

この後、江は無事女子を出産するが、子の名前を「勝」とつけることを秀忠に提案。
「先の戦に勝ったこと・・・それに・・・私自身が己れの思いに勝ちたいということもあります・・・」

おい!ちょっと待った!
戦は嫌いだったよね。で、何でその嫌いな戦に関連する名前をつけるのか?
私にはよく分からんよ。この江って何者なんだよ・・・。

で、女子だったので離縁してくださいと秀忠に申し出る江。
しかし、秀忠は、なつと子を城から出したこと、別に男子が欲しいわけではないこと、竹千代という名は江が産んだ子にしか名付けぬこと、生涯側室は持たぬこと、などを言い、江の手を取り「離縁など思いとどまってくれ」と訴える。

互いに愛していることを確認する二人・・・。

よかったね、お江さん。
ふーっ・・・。

で、なつと子が住んでいる屋敷を訪れた江。
秀忠の長男を抱いた江は男子を産む決意を固めるのであった。

江戸城では、大姥が男子を授かるには虎の肉などがよいと書物を見て秀忠に言う。そこへ江が入ってくる。
話を聞いた江は言う。
「・・・そう言えば、秀吉様は朝鮮から取り寄せ召し上がったとか・・・」

おいおい、ちょっと待った!
またもや「秀吉様」って言っちゃってるし・・・。
違和感ありまくりだよ。
で、朝鮮ってさ・・・あんたがあんなに反対してた戦だろうが。それに前夫の秀勝が亡くなった地だろうが。
ほのぼのと自らが話題にするような事だとは思えないが・・・。

で、最後に大阪城で大蔵卿の息子の大野治長が淀に目通り。
ふーっ、淀の乳兄弟だろう。なんで初対面の演出してるのか分からないよ。

で、今後はこの治長が豊臣の代表となるわけですね。
どうなることやら・・・。

今回も江の場面は突っ込み所が多かったですね。
で、「男の覚悟」って、生涯に渡って側室を持たないことだったんだよなぁ・・・。
コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://goro.fumufumu.biz/trackback/401961
 

(C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.