三朝四朝又朝朝

思ったことなどを徒然に・・・・・・
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「JIN -仁- 完結編」 私的最終回その3
JUGEMテーマ:JIN -仁-

最後です。

注意事項は「その1」と同じです。
 
日常の生活に流されていく・・・。
淡々と流れていく時間。
それは、確実に遠ざかっていく江戸時代との隔たりでもあった。

病院の屋上で缶コーヒーを飲みながら俺は思い出した。
横浜の野風さんの家でごちそうになったコーヒー。
そして、初めてコーヒーを口にする咲の戸惑った顔。

なんでも一生懸命なひとだったな・・・。

ポケットに突っ込んだ右手の指にコインが触れた。
先ほど自販機でコーヒーを買ったときのおつりだった。
10円玉を取り出してみつめた。
平成22年の10円玉・・・。

「まさか・・・ね」

俺は非常階段の下へ向かって10円玉を落とした。
乾いた音を立てて落ちていく。
その音が急に途切れ、10円玉が消えた。

「えっ、嘘だろ!?」

ポケットからもう一枚10円玉を取り出した。
平成21年のものだった。
もう一度、それを落とした。
乾いた音を立てて落ちて、男の足に当たり止まった。

「先生、お金落としましたよ」
10円玉を拾って階段を上がってきたのは研修医の野口だった。
「はい、どうぞ」
「えっ・・・ああ、ありがとう」
呆然と階段を見下ろしている俺に野口は不思議そうな顔をした。
「どうかされました?」
「あっ、いや、なんでもない・・・」
「先生は屋上が好きですね。よくここで休憩されているようですね」
「・・・ここから見える夕日が一番綺麗だって言った人がいてね」
「へえ、誰ですか?恋人ですか?それとも患者さん?」
「・・・患者さんだよ」
「その方はお元気に?」
俺は黙って首を横に振った。
「・・・そうですか。長い間、医者をやっていると忘れられない患者さんもいるでしょうね」

その言葉に、俺は思い出していた。江戸で出会った人々の顔を・・・。
恭太郎、栄、喜市とその母のタエ、茜、鈴屋の廓主の彦三郎、野風、夕霧、新門の親分、山田先生、福田先生、佐分利先生、緒方先生、多紀先生、勝先生・・・

時代を作った龍馬。
時代の波の中へ消えたミキ。
時代の奥に埋もれてしまった咲。

「じゃ、俺はこれで帰るよ」
「先生、元気だして下さいよ」

俺は振り返らず手をあげた。
「ああ・・・ありがとう・・・さよなら」


次の休みの日。俺は母校の図書館へ借りてた本を返しにいった。
他に何の予定もない俺はぼんやりと図書館のパソコンをいじっていた。

「橘咲随想集・・・」

俺は慌てて図書館の係に尋ねた。

「この本は借りられるんですか?」
「あっ、これは一般の方は貸出禁止ですが、先生は大学関係者ということで大丈夫ですね。でも、大切に扱って下さいね」
そう言った司書は書庫の中へ入って、やがて、一冊の本を持ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
返事もそこそこに、俺はその本を見た。
革で装丁された私家本という感じだった。
表紙をめくった俺の目に見覚えのある懐かしい文字が飛び込んできた。

咲さん・・・。

明治に入って以後、その時々の思いなどが綴られていた。
最後のページには詩があった。

「長芋の皮より 出でたる虫たちが 江戸の思いを かたりたるかな」

意味不明だよ、咲さん。
思わず笑いそうになったが、その自分の顔がこわばるのが分かった。
えっ・・・龍馬さんの詩を元に・・・・?

本の表紙を指で探った。
わずかに厚みに変化がある。
俺の心臓が強く鼓動した。

慌てて図書館を出た俺は近くの公園のベンチに腰をおろし、革の装丁をゆっくりと剥がした。

手紙が出てきた。

南方仁様へ

先生、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
もし、この文が先生の目に触れるならば、先生はご無事なのでございますね。

私は先生に謝らなければならないことが一つございます。
それは、あの時、私は故意に先生を突き落としたこと。
先生の病を治すには、ああする事しか私には思いつきませんでした。
先生のお姿が消えたとき、私はこれで先生の病が治ると自分に言い聞かせるしかございませんでした。
あの後は、兄のお陰で幸いにも私は無事でございました。
どうかご心配なさらないで下さりませ。

先生が行方不明となられて仁友堂の先生方も大騒ぎとなりましたが、一月ほど後、先生は再びお戻りになられました。
諸先生方は元気になられた先生を見て大喜びされておりましたが、私には、何か以前の先生とは違うものを感じておりました。

明治の御世となり、仁友堂も諸先生方や新たに来られた南方先生のご尽力で続けることができました。
幸い甥の恭一郎が私の後を継ぐことを決心してくれ、私も先生のお志を生涯守り伝え続けることを改めて決意できた次第でございます。
まわりにものたちは、早く隠居して楽になれと申してくれますが、こうして時が経つことは先生へと近づいていくことと思っております。

最後になりましたが、江戸の世をともに過ごした南方仁先生のことをお慕いしておりました。
そして、これからも・・・

咲さん・・・咲・・・さきーっ。


「先生、お客様ですよ」
そう言った野口は意味ありげにウィンクして部屋を出て行った。
入れ替わり部屋に入ってきたのは女性だった。

「・・・咲さん」

洋服を着た橘咲・・・私にはそうとしか見えなかった。

「あら、どうしたの、仁先生。頭の手術で神経の一本でも切れっちゃたのかな。あとで杉田先生に文句言ってやらないと」

「お母さん、大丈夫だった?」

俺の口から自然とその言葉がでてきた。
"歴史の修正力"の最後の修正が終わった瞬間だった。

「ええっ、もうすっかり良くなったわ。もう少しパリにいろってうるさかったけど、仁先生の事が心配だから。手術が成功したこととか杉田先生から聞いたけど、あなた全然連絡くれないし・・・悔しいから私も連絡しなかったけど、やっぱりダメね・・・早めに帰ってきちゃったわ」

「ああ・・・ごめん」

時代が、俺を、待っていてくれた・・・。
俺は、ようやく追いついたのだ・・・。

俺は、サキ・ルロン・タチバナを思いっきり抱きしめた。

(完)
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