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「遺恨あり 明治十三年 最後の仇討」感想その2
JUGEMテーマ:スペシャルドラマ
 
このドラマの裁判以降は、不覚にも寝てしまったので結末は未見となってしまった。
再放送なんてしないだろうし、DVDが発売されるようだから、それまで待つしかないようですね。

面白いなぁと思ったのが、秋月藩の国家老吉田悟助で演じたのは石橋蓮司。
仇討を果たした六郎の裁判を担当することとなった判事の中江が事件を調査するなかで吉田に事情聴取するのですが、六郎の父の臼井亘理の殺害に関与したことを認めた上で、今回の六郎の仇討は見事である!と言い切り、それを聞いた吉田は唖然とするわけです。「あんたが原因じゃん!」と見ている方もツッコミを入れたくなります。一瀬をはじめとする干城隊を庇い、遺族の訴えを退けたのがこの吉田ですから。
でも、この吉田という人物の中では矛盾してないのですね。臼井亘理の事件は藩の方針を巡る対立の結果であり、国家老として政敵を討った言わば上意打ちであり何ら恥じることはない。そして、今回の六郎の仇討は武士として見事な振る舞いというわけです。
時勢に乗れず今や落ちぶれて長屋暮しとなりつつも凛としたその応答は、あくまでも国家老そして武士としてのバックボーンを固持しつづけており、彼もラストサムライの一人と言えるでしょう。出番は少なかったけど石橋さんは上手く演じていました。

判事の中江を演じたのがドクターコトーこと吉岡秀隆。裁判の部分は見ていないので何とも言えませんが、おそらく近代国家として仇討を認めたくない想いと武士道を引きづる世論との間でコトー先生のように苦悩したんではないかなと思います。

中江は土佐郷士の出身で、土佐郷士と言えば昨年の大河ドラマ「竜馬伝」でも描かれていたように虐げられた階級でした。そのため中江自身武士道なり武士の誇りといったものに対する見方は冷やかです。確かに、幕末の旗本や親藩・譜代大名のだらしなさを見ていれば、中身は無いけれど身分ばかり高く威張っている存在のバカらしさを実感したことでしょう。明治維新を牽引してきたのは、虐げられてきた下級武士階層だったと言えるかも。中江の出身階級にこそ武士の誇りを持っていた者が多かったかもしれません。そういう意味では、徳川三百年の大平の世に熟成された武士道というものは無駄では無かったのでしょう。表面(上級武士階級)は腐りつつあったけど、中身はいい味をだしつつあったって感じでしょうか。幕末に列強からの侵略を免れたのは、そのお陰と言っていいでしょうしね。

さて、女性陣ですが、臼井家の下女で暗殺犯人を目撃した"なか”は松下奈緒です。
彼女の目撃で下手人の一瀬が判明し、その後、陰に日に六郎を支え続ける女性です。松下さんは背も高く時代劇に合わないのではと思っていましたが、違和感はなかったですね。彼女の存在が無ければ、六郎が仇討を遂げたかどうか・・・。やはり男にはこういう女性が必要なのでね。彼女なりの方法で仇討の助太刀をしていたのでしょう。最終的には六郎とハッピーエンドを迎えてほしいものです。
それにしても松下さん、帯の位置が高い!やっぱりスタイルいいんでしょうね。

なかのライバルとなりそうなのが山岡鉄舟の娘松子で芦名星が演じてました。ドラマの最後まで見ていないので、自分の中では彼女の役柄の意義がいまいち判然としてません。裁判の傍聴に訪れるなど、六郎の事を気にはなっているようですが・・・。うーむ、その後どうなったのでしょう?

復讐譚というのは、小説やドラマでもよく取り上げられる題材であり、人間が持つ原始的な感情なのでしょう。しかし、復讐にのみ囚われる人生は悲劇ですし、復讐の連鎖ともなると目も当てられません。実際、江戸時代も仇討の仇討は禁じられていたようですしね。人間の業とか罪と罰とかいろいろ考えさせられるドラマでした。原作からどのように脚色されているかは分かりませんが、丁寧な作りで良かったです。寝てしまって勿体なかった・・・。
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