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吉村 昭 著「三陸海岸大津波」を読んで 
JUGEMテーマ:書評 

3月11日。
この日は、この国に生きている人が忘れられない日となりました。
地震だけならまだしも、大津波が家々やクルマそして田畑などを飲み込んでいく様子は想像を絶するものがありました。
従来から言われていた津波の恐ろしさを思い知らされました。

三陸地方は、その地形から津波の被害を受けやすく、周知のように明治以降も幾度か悲劇が起こっています。
この作品は、記録文学の妙手である吉村昭さんが取材で三陸地方を幾度か訪れ、その間に土地の人々から伝え聞いた明治以降の津波災害をまとめたものです。
したがって、科学者が冷徹な目で科学的に分析したものではなく、記録や体験談などを文学者の目で追い綴ったものです。それだけに、その土地に住んでいる人々の生活の匂いというものが濃厚に伝わってくる感じがして、しばし、今回の被災者の方々が直接語っている錯覚に陥りました。

興味深かったのは、マグロや鰯の時期はずれの例を見ない大漁、沖の怪しげな光、井戸水の変化、砲撃のような音響などの前兆です。

今回はどうだったのか調べてみると、気になったものとして、昨年11月から今年の1月にかけてナマズの大漁(この記事

昨年12月のスルメイカの大漁(この記事

今年3月のキアンコウの大漁(この記事) この記事には「競りが行われた八戸市第2魚市場では、仲買人の間で『津波に驚いた魚が群れたのではないか」「昔からアンコウが陸に寄れば地震が来ると言われているが…』と話題に。」とあります。

井戸水に関しては、この記事「揺れが収まった後、佐藤さんはすぐに自宅の井戸をのぞいた。『(井戸の水が)今まで見たことないぐらいに真っ茶色に濁っていた。これはまずいと思って、すぐさま逃げた』」と紹介されています。

今回もこういう例は、探せばまだまだあるかもしれませんね。

逆に、古老の言葉で被害を大きくした例も本書では紹介されています。それは「冬期と晴天の日には津波の来襲がない」という言伝えです。昭和8年3月午前2時半過ぎの地震の時、人々は地震で目を覚ましたが、この言伝えを信じた人は再び眠りについて津波の被害にあってしまったとか・・・。

そして、このような前兆もなく襲来したのが昭和35年の南米チリ地震によって引き起こされた津波です。当時、気象庁も南米の地震によって津波が襲来するとは考えず警報も発することはなく、津波は「のっこ、のっことやって来た」ようです。つまり、明治29年や昭和8年の津波のように高々とそびえ立って襲来したのではなく、海面がゆっくりとふくれあがって来た津波だった模様です。

津波による被害は少なくなっていきました。
明治29年は死者26.360名、昭和8年は死者2,995名、昭和35年チリ大津波では死者105名という人的被害です。
それぞれ状況が違いますが、「住民の津波に対する認識が深まり、昭和8年の大津波以後の津波防止施設がようやく海岸に備え始められてきたことも、その一因であることは確かだろう」と著者は述べています。
明治29年の大津波、昭和8年の大津波、昭和35年のチリ地震大津波、昭和43年の十勝沖地震津波等を経験した岩手県の老人は、「津波は時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにいないと思う」と語り、この老人を代弁者として、この地方の人々の津波に対するある種の自信さえ伺える記述があります。

しかし、同時に著者は「自然は、人間の想像をはるかに超えた姿をみせる」とさり気なく書き記しています。今回、私たちは、この言葉の重みを改めて感じさせられたような気がします。今回の災害で犠牲となられた方々、そして、被害に遭われた方々の人数分だけの重みを新たに背負って、私たちはこの言葉とともに歩みだしていかねばならないでしょう。

人間と自然が向き合った姿を見せてくれる本書は、これからも古びることはないでしょう。


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